今日も脳天気

役に立たない♪ 意見しない♪ 仲良きことは美しき哉♪

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告
  3. |はてなブックマーク - スポンサーサイト
  4. |このエントリーを含むはてなブックマーク

記憶にございませんが


 大学の健康診断で引っかかった。

EOG


EOG zoom


 へ?
 
スポンサーサイト
  1. 2012/08/02(木) 19:48:36|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:17
  5. |はてなブックマーク - 記憶にございませんが
  6. |このエントリーを含むはてなブックマーク

対処療法

 
 何かの動作を行なうとき、私たちの頭の中には無意識であれ意識的であれ目標軌道がある。最近とみに、この目標軌道と現実との乖離が大きい。


 障害物を跨いだつもりが、跨ぎきれないどころか、なぜか沢ばりの弾丸シュートになってしまうというのは、一体どういうことか。


 おでこを掻こうとして、指が目に刺さり悶絶したときは、さすがに涙が出た。痛くて、ではない。




 殊にここ最近よくあるのが、水を飲もうとして気管に入るというパターン。口の中に水が入っているときは、まずそれを飲み込んでから息をする、というどんな下等な生物でもできることが上手くできない。自分が若くないことを自覚させられるのは、そんなときである。


 昨日も、次女と魚釣りごっこで遊んでいる最中、あまりの暑さに冷水を一気飲みしたところ、盛大にむせることに。


 すると、次女が心配そうに、


「お父さん、大丈夫?」


 大丈夫。ちょっと咳が止まらないだけ。


 それでも心配そうな次女。


「治してあげよっか」


 育て方が良かったのだろう。優しい子に育ってくれて、お父さんは嬉しい。これで老後も安心。




 すると、どこかから戻ってきた次女が手にしていたのは、2枚のセロテープ。いきなり口をミッフィーにされた。むせているときに口を塞がれると死ぬほど苦しいことが判明。



 老後がとっても心配。
 
  1. 2011/07/19(火) 18:29:12|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6
  5. |はてなブックマーク - 対処療法
  6. |このエントリーを含むはてなブックマーク

吃音なんて怖くない

 
 研究者は人前で話す機会が割と多い。私もここ数年、プレゼンテーションの機会が増えた。

 元々のプレゼンテーション能力の低さに加え、私の場合、もう一つクリアしなければならないハードルがある。リアルに私を御存じなら気付いている方も多いはず。吃音である。

 物心ついた頃にはどもりがあったので、原因はわからない。幼少の頃は、それなりに悩んでいたような気がするが、幸いなことに、吃音が原因でいじめられたことは一度もなかった。そのせいで、

「なるべくおとなしくしていよう」

ではなく、

「しゃべり倒してごまかしてしまえ」

という方向に進んでしまったのは、実は私だけではない。これまで自分の周りにいた3人の吃音持ち、なぜか全員よくしゃべることしゃべること (^_^;;


 今から思えば、親には一度たりとも吃音を治せと言われなかった。うちの親の子育てにはいろいろ言いたいこともあるが、30過ぎて気がついたこの事実にだけは、心から感謝している。  



--------------------------------------

 吃音については、いくつか都市伝説がある。


緊張するとどもる: 嘘。リラックスしてても、どもるもんはどもる。

暗記すればどもらない: 嘘。暗記しようが、書いてあるものを読もうが、会話しようが、どもるもんはどもる。

英語はどもらない: これは半分ほんと。渡米前・渡米後しばらくは、英語だとどもらなかった。5年くらいして、いちいち頭の中で訳さなくても英語が出てくるようになった途端、英語でもどもるようになった。傍から見てると、どの段階でも結局うまくしゃべれていないことに変わりはないのが、癪に障る。

吃音はうつるから近づいちゃダメ: うつらねーよ (-_-#

後ろから「わっ」ってすると治る: 治らない。しゃっくりじゃない。




 吃音にもいろいろ種類があるらしい。私の場合、文頭の特定の音が出にくいタイプの吃音。特にカ行とタ行、バ行、パ行は厳しい。正直な話、いらんことに気を遣わずにすらすら話せたらいいなと思うこともあるが、周りの人たちに恵まれているせいで、吃音を積極的に治そうと思ったことはない。左利きや色覚異常みたいなもんで、自分の特性の一つだと思っている。それでも、吃音持ちには吃音持ちなりの苦労がある。


 ということで、ここからは暮らしに役立つ吃音持ちのライフハック。プレゼンテーションの際、苦手な発音が文頭に来ないようにするために、私が実践している様々な奥義を伝授したい。誰に?と聞かれても困るが。



・入れ替え

 これは簡単。単語が並列の場合、順番を入れ替えてやればいい。


・言い換え

 例えば、「分子レベルでは」なら「モレキュラーレベルでは」と言い換える。


・付加

 言い換えが難しい場合もある。「ビデオカメラを用いて」を「動画撮影用電子機器を用いて」などと言ったら、聞いている方は一瞬なんのことかわからなくなってしまう。「カルシウム」なんてどうすればいいか全くわからない。

 一番厄介なのは自分の名字。つくづく婿入りすればよかったと思う。

 こういう場合、直前に「えーと」と付け加えると良い。ただ、時々電話で

「えーとかとうです」

と言って

「え?」

と聞き返されると、殺意を覚える。


・連音

 前の文の後、間髪入れずに次の文に移る。何を言ってるのかわからなくなることがある。


・スキップ

 最終奥義。言わない。


・研究計画変更

 究極奥義。Bicuculline、Pentobarbital などという吃音持ちへの嫌がらせのような名前の薬物は使わない。「どうして bicuculline を使わないのか」と聞かれた場合の口実を考えておく必要がある。



 いかがでしたか? 皆さんも是非御参考に。
 
  1. 2011/06/14(火) 18:57:21|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:2
  4. | コメント:4
  5. |はてなブックマーク - 吃音なんて怖くない
  6. |このエントリーを含むはてなブックマーク

帰国して一番驚いたことで一句

 

日本では どうして伸びる ○○○○○
 



一時帰国の度に不思議に思っていたが、今回再確認。賛同者は多いと思うが、どうだろう。
 
  1. 2011/05/03(火) 23:37:25|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6
  5. |はてなブックマーク - 帰国して一番驚いたことで一句
  6. |このエントリーを含むはてなブックマーク

生と死

 
 昨年長女の担任だったF先生が、急逝された。

 享年43歳。日曜日に連絡を受けたとき、長女は絶句した。ほんの2日前、体育の時間、グラウンドを走る彼女に、いつものように手を振ってくれたばかりだという。

 風邪の症状で病院に行って、わずか数時間で息を引き取ったと聞いた。死因は髄膜炎菌性疾患。

 長女が涙を浮かべて口にした言葉が、胸を締めつける。

 He was the best teacher ever.





 2ヶ月前、母が亡くなった。2年半前に、既に肝転移した膵臓癌の宣告を受けてから、通院治療を続けていた。自転車で片道30分走って抗癌剤治療を受け、また自転車で帰宅する、およそ癌患者らしくない母の話を聞いて、なんとなくこのままずっと大丈夫なんじゃないかと思っていた。そう自分に思い込ませようとしていたのかもしれない。

 別段用もなく、携帯電話にメールした11月末。本人から返って来た返事には、熱が出て入院中とあった。何度かメールでやりとりした後、父と電話で話した。それほど深刻な症状ではないということだったので、年末に帰国しようかと考えていた矢先、容態が急変したという電話。すぐにチケットを取って、日本に飛んだ。


 間に合わなかった。たった7時間。


 ごめん。心の中で謝るしかなかった。






 一昨年5月から昨年1月までのわずか7ヶ月の間に、近くの高校の生徒5人が、自ら命を絶った。私の通勤路にある、同じ踏切で、数カ月おきに5人が列車の前に飛び込んだ。

 2人目の頃から、ボランティアの保護者が交代で毎日真夜中まで踏み切り近くに立っている。今も。






 思えば、祖母を亡くした小学校4年生の頃からつい最近まで、自分はずっと死なないと思い続けてきた。「200歳まで生きる」と宣言していたが、本当はもっと生きるつもりだった。生きていない自分を想像することができなかった。自分の周りで以前より死が頻繁に起こるようになった今、それがいずれ訪れるであろうことが、自分の中で少しだけリアルになった。

 でも、やっぱり心のどこかで

「自分は死なない」

と思っている。長女と話すと、彼女もそう思っていることがよくわかる。



 たぶん、それは間違っているのだろう。





 
 明後日、長女と共に、F先生の告別式に参列する。
 
  1. 2011/02/04(金) 05:59:11|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8
  5. |はてなブックマーク - 生と死
  6. |このエントリーを含むはてなブックマーク

上には上がいる。それも果てしなく上が

 
 今日も今日とて、趣味の献血♪


 総コレステロール値が毎回 260 mg/dl を越えるこんなドロドロ血でも、何かお役に立てるのならという、なんと殊勝な心がけな訳はなく、ただでジュース飲み放題、クッキー・アイス食べ放題、Tシャツもくれるし映画の無料チケットももらえるのが狙い。御褒美がなきゃやらない

 妻の二度の出産で、いざというときの保存血液の重要さは身にしみているし、少しでもお返しが出来ればいいな、という気持ちは全然なく、献血の回数に応じてもらえる景品が狙い。景品がなきゃやらない



 おかしいな。今日は自分の闇の部分が隠しきれない。根っからの善人なのだが。




 今は日本にもあるのかもしれないが、こちらでの献血はポイント制になっている。1回全血献血すると100ポイント。ポイントがたまると様々な景品と交換してくれる。

 100ポイントとは太っ腹!と言いたいところだが、景品は100ポイント単位でしか設定されていない。大阪の屋台で

「お兄さん、300万円!」

と言われるのと同じノリである。
ナメんナヨ(-_-#


 ちなみに、今まで稼いだポイントは1100ポイント。目標のポロシャツまで、あと100ポイント! <買えよ自分




 さらに、以前にも書いたとおり、献血量が1ガロン(約 3.8 リットル)に達する度に、「Gallon Award」なるものがもらえる。ただのキーホルダーだが、なかなか重厚で、ちょっと嬉しい。一回の全血献血の採血量が1パイント(1/8 ガロン、約 473 ml)なので、8回でキーホルダーが1個もらえる。


 ふと壁にネームプレートがたくさん貼り付けられていることに気がついた。何かと思ってよく見ると、

“In Appreciation of our Multiple Gallon Donors”

 へぇー、じゃあ、あと何回か献血したら、私のネームプレートも♪ ・・・というのは甘かった。ネームプレートが貼られているのは16ガロンから。一番多いのは33ガロン!しかも10人も!!


 33ガロンって、8掛けで献血264回分。アメリカでは最大年6回まで献血できるが、それでも最低44年かかる計算になる。年間の最大献血量がアメリカの半分以下しか許容されていない日本だったら、90年以上。不可能である。


 半ば感心、半ば呆れて眺めていると、受付のおばちゃんが

“Would you like to put your name on it? Then, you can make the next appointment today. How about in September?”


 遠慮しときます。そんな大それたことを一瞬でも考えた私が莫迦でした。ごめんなさい。



 何で献血に来て謝ってるんだ >自分
 
  1. 2009/07/25(土) 05:07:27|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
  5. |はてなブックマーク - 上には上がいる。それも果てしなく上が
  6. |このエントリーを含むはてなブックマーク

死亡通知

 
 先週我が家に届いた一通の封書。差出人はとある弁護士事務所。


oshirase



 何何? Akira Kato の遺産管財人様宛? Akira Kato さんが2007年4月21日に肺がんでお亡くなりになった、と。


 ・・・。


 死亡フラグどころか、2年前に死んでるし(;_;)


 日本にはなぁ、トンデモ科学言霊というものがあって、水にありがとうと声を掛けながら冷やすだけでより美しい結晶ができるんだぞ。魔法瓶に「ありがとう」シールを貼るだけで、ニュートリノ励起原子ラジカル経由の核反応が起きるんだぞ。だから、そういうのはやめて。




 そういえば、昔こんな電話がかかってきたことがあるのを思い出した。


“Can I speak with Mr. Akira Kato?”


 どうやらただの宣伝ではなく、retirement plan か何かの真剣な話のようだ。・・・でも、どうも話が噛み合わない。


“You are Akira Kato and are living in Palo Alto, right?”


 はい。その通りです。しかし、いつまでたっても身に覚えのない話ばかり。


“This must be you! Your name is Akira J. Kato


 ・・・ちょっと待て。なんだ、その「 J 」は?


“And your wife is Mary, right?


 ・・・国際結婚した覚えはありませんが(-_-;



 ありふれた名前であることは自覚していたが、まさかアメリカに来てまで同姓同名に悩まされるとは。





 そうか。あの Akira J. Kato さんが亡くなられたんだ。御愁傷様でした m(_ _)m



 やっぱり、なんかヤダ(-_-)
 
  1. 2009/07/01(水) 04:53:53|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
  5. |はてなブックマーク - 死亡通知
  6. |このエントリーを含むはてなブックマーク

Jの活劇

 
 イベント盛り沢山だった週末。主役は長女J。


 金曜日は、現地校のフィールドトリップで州都サクラメントへ。日帰りのため、学校出発は朝6時、到着は夕方5時半。9歳にして夜型人間の長女には、過酷な日程といえる。

 作文の宿題を出された彼女、州都ならではの州議会議事堂 Capitol や鉄道博物館などを見学したはずだが、「何が一番記憶に残っている?」と聞いたところ、

J:ギフトショップ


 ・・・また親が呼び出しを食らいかねない発言は慎んでいただきたい。




 土曜日は日本語補習校の運動会。生徒数が400人を超えるため、それなりの大イベントである。勉強<<<運動の長女にとっては、1年で一番楽しみな行事といっても過言ではない。4年連続学年代表になった紅白対抗リレーでは、3位からトップに立つ見事な走りで、4年間無敗の徒競走と合わせて、自軍の優勝に貢献。


 禁じられているインコース抜きを堂々とやってのけたのは、少々いただけないが(^_^;




 そして日曜日は、なんとトライアスロンに出場。現地校の体育の先生に勧められてその気になった長女。何人かのクラスメートと共に出場登録し、当日はしっかり完走。子供用に距離は短いとはいえ、Swim-Bike-Run すべてこなしたことに感服。

*ちなみに、老婆心ながら Bike はオートバイではなく自転車である。Swim-オートバイ-Run などというスポーツはない


 走り終わってへとへとかと思いきや、更にしばらくグラウンドで走り回っていた彼女。ランチの後は IKEA の Kid’s Room で1時間ほど次女と遊び、夕方6時からは友人宅で BBQ。子供たち同士で何して遊んでいるのかと思えば、Wii Sports(^_^; ずっと泳いでいないと死んでしまう、マグロのような子である




 それにしても、子供の体は凄い。いくらマグロのような娘とはいえ、トライアスロンは初参加。しかも運動会の翌日だった訳で、しばらくは筋肉痛に悩まされることだろうとの心配は、杞憂に終わった。月曜日もピンピンしていたどころか、ちゃんとテコンドーの練習にも行ったらしい。


 こっちは土曜日に保護者競技の綱引きに参加しただけで、3日経った今でも全身がたがただというのに。


J:あーあ、毎日運動会だったらいいのに。


 こっちの体が持ちません(-_-) 綱引きもそうだが、半日外で応援すること自体、老体には尋常ならざる負担がかかるのである。周りを見ても、同年代のお父さんたちとの会話は、

「そろそろお宅のお子さんの出番じゃないですか?」

「あぁ、でもここからはちょうど反対側なので、まあこっちまで来るのを待つとしましょう。暑いし

「そうですね。まあこれが初めての運動会という訳でもありませんしね。移動が大変だし


 まるでお達者クラブである。



 なにせ、開会式のときに子供たちと一緒にラジオ体操していたときに掛けられた声が、

「怪我しないように気をつけてくださいね」


 笑えない。
 
  1. 2009/06/03(水) 04:28:50|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:19
  5. |はてなブックマーク - Jの活劇
  6. |このエントリーを含むはてなブックマーク

愛すべき酔っ払い -その2-

 
 我が大学の陸上部、体育会系のご多分に漏れず、飲むことに懸ける情熱が半端じゃない。


 年に一度の追い出しコンパ。なぜか二段構えになっており、まず土曜日に人里離れた旅館に泊り、追いコン旅行と称して、夜通し飲み明かす。当然、60人を超える部員は全員参加。一晩飲み明かした翌日曜の晩は、京都三条のお座敷にて追いコン本番を迎えるというのが伝統のフォーマットだった。



 追いコン旅行では、血を吐くほど飲んで、結局山奥に救急車を呼ぶ羽目になった先輩達を尻目に、比較的おとなしく飲んでいた当時1回生のK。アイドリングも十分に、翌日の追いコン本番では、

「下回生は上回生にビールを注ぐこと」
「上回生にビールを注いだ場合は、年の差分の注ぎ返しを受けること」

という理不尽なルールもなんのその。余裕で一次会クリア。


 場所を木屋町に移した二次会の主役は日本酒。ここでは追い出される4回生が一列に並び、グラスを持った下回生は一人ずつお礼参りをすることが強要される。愚痴や毒人生における有用なアドバイスを受けると同時に、全員から日本酒を一杯ずつ賜る。優しい女性の先輩などは、酒を注ぐ真似だけで見逃してくれるのだが、20人近い卒業生の大半は、これもトレーニングとばかりにナミナミと注いでくださる。かくして、二次会後半には既に身動きの取れない半死体がごろごろ。


 ふらつく頭を抑えて向かったのは、パート別に分かれる三次会。Kの所属する短距離パート約20人は、祇園に程近いお洒落なバーに転がり込んだ。


 ここで、8オンスのグラスにウイスキーを2杯、ストレートで一気飲みしたところで、Kの記憶は途切れ、次に目を覚ましたのは、見たこともない部屋の炬燵の中。時計を見ると、月曜夕方の4時


 下半身は炬燵の中であるにもかかわらず、妙に寒い。よく見ると、上半身がびしょ濡れ。吐き気が半端じゃない。



 少しして戻ってきた部屋の主は、同回生のD。酔って暴れる私を自分の部屋まで引きずってきてくれたとのこと。 ・・・暴れた


D:ジンのボトルをあおりながら、「Y村~! どこ行った、こらぁ!!」って先輩の名前を連呼してたけど、なんかあったんか?


 げ。で、なんで上半身ずぶ濡れな訳?


D:お前、ほんっとに覚えてないのか? 店を出たところにあった噴水の中に飛び込もうとするから、皆で必死に押さえつけるの大変だったんやぞ。


 あ、ありがとうございます。皆さんがいなかったら、死んでたかもしれないですね。私、泳げないですし



 それにしても、正直Y村先輩には何の含みもない。呼び捨てで連呼するなどという暴挙に及ぶはずがない。もしかして、酔っていたのをいいことにからかわれてるのか?



 翌日。グラウンドに行くと、


Y村先輩:お前、俺になんか恨みでもあるのか?


 ひーーーー(-o-)





 あら?いつの間にか主語が一人称単数に。ついでに、よく考えれば、大学一回生の冬ってまだ未成年では?



 この話はすべてフィクションであり、実在の人物・団体とはなんの関係もありません。
 
  1. 2009/05/09(土) 10:47:38|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8
  5. |はてなブックマーク - 愛すべき酔っ払い -その2-
  6. |このエントリーを含むはてなブックマーク

治療法

 
 誰に似たのか、相変わらず忘れ物が多い長女。妻に叱咤されながら、ばたばたと登校の準備している。

 時間ぎりぎりになり、ようやく二人でチャリで出発した途端、2階から

「忘れ物―――!!」

と叫ぶ声が。もう時間もないので、しかたなく私が階段を駆け上り、ドアを開ける。


ポリ:何を忘れたんだ、一体(-_-#


次女:おべんとー(-o-)


ポリ:ったく、何してるんだか(-_-#


妻:あんただよ(-_-##


 あ。私でしたか。





 ラボに着くと、なんか首が痛い。動悸・息切れ・眩暈もする。目もかすんできたような気がする <100歳の爺さんか

 水曜にジャーナルクラブで私が紹介することになっている論文を読んでいるうちに、今度は睡魔に襲われる。こりゃいよいよダメかなと絶望に打ちひしがれつつ、気分転換に屋外で読むことにした。


 雨季も終わり、おそらくはこれから10月まで一滴の雨も降ることはない。爽やかな風と春の陽射しの中、5分程そぞろ歩き。気がつくと、私の好きなロダン庭園に。


 オークの下のベンチに腰掛ける。無造作に置かれた何体ものロダンの彫刻の中を歩く、年配のカップルと学生らしき4人組。パームツリーの並木とオークの枝を行き交う鳥達。ウッドペッカーが木に穴を穿つリズミカルな音。そして、彼方から近づく「天使の羽ばたき」


 ここは。


 なんという贅沢な空間。







 復活。
 
  1. 2009/04/15(水) 05:12:10|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
  5. |はてなブックマーク - 治療法
  6. |このエントリーを含むはてなブックマーク
次のページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。