今日も脳天気

役に立たない♪ 意見しない♪ 仲良きことは美しき哉♪

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眠いから

 
 長女の通う日本語補習校もそろそろ年度末。残り2週間となった先週末、クラス文集、学校全体のイヤーブックと共に、1枚の DVD が配布された。中身は12月に行なわれた音楽会。

「お姉ちゃんは映ってるかな~」

などと盛り上がりながら、早速娘2人と一緒に観ることにした。


 1年生、2年生の合唱の場面は、知ってる子達を指差しながら一緒に歌い、次はいよいよ長女の学年、3年生の出番。「世界中の子供たちが」という歌。


♪世界中の子供たちが 一度に笑ったら♪
 ♪空も笑うだろう ラララ 海も笑うだろう♪


 こんな歌いだしの曲を、全員が最初から最後まで手話付きで歌う。



 合唱が始まった。



 うわ。やば。



 朝会で練習しているのを見たときには全然バラバラだった手話が、皆とても上手になっている。たった週一回の練習なのに、頑張って頑張って覚えたんだろうなあ。いつもはやんちゃで手に負えない男の子たちも、一生懸命一生懸命歌っている。長女も口を大きく開けて歌っている。


 思い出した。当日の会場でも、思わず泣きそうになったんだった。



 こうなるとちょっとまずい。保護者の有志の方々が歌った「遠く遠く」。




 もう、これあかんよ。こういうの歌ったらあかんて。





 次女:おとう、さん?


 ポリ:ふわぁああ(-O-) あーもう眠いから、寝よっか。






 その後、この歌が耳について離れない。ゆうべも、


♪遠く 遠く 離れていても 僕のことがわかるように♪


と口ずさみながら、夕食後の食器をディッシュウォッシャーに入れ、シンク下から洗剤を出して、ディッシュウォッシャーに洗剤を注ぎ、スイッチを入れ、洗剤を冷蔵庫にしまって、洗面所に行き、・・・はっ。



 キッチンに戻り、冷蔵庫の中の洗剤を見て、ため息。



 ったく。あちこち緩くなるのも、老化が進んだだけだな、こりゃ。
 



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  1. 2009/03/11(水) 04:41:22|
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休もっか

 
「それはやったらあかん」

と注意されると、渋々ながらも

「はーい」

と答える、基本素直な9歳の長女に対し、

「わったよ(-o-) 」

とグレかけたティーンエイジャーのような返答をする、3歳の次女。

 お姉ちゃんの友達と遊ぶことも多いせいか、シャイとは対極にある性格なので、プレスクールもなんとかなるんじゃないかと、軽く考えていた。



 昨日、マウスの手術中にラボにかかってきた電話は、次女が3週間前に通い始めたプレスクールからだった。

「腕に赤い発疹が出ているので、来て見て欲しい」

 生憎、妻は先週から始まったコミュニティカレッジのクラスの授業中で、携帯が通じない。やむを得ず、マウスには最低限の処置だけして、自転車でプレスクールに駆けつけた。

 オフィスに立ち寄り、次女がいる部屋に向かう途中、先生に呼び止められた。

先生:Rちゃんをピックアップする前に、ちょっと話したいことがあるんだけど

 話は予想通り、次女にはプレスクールは無理じゃないかということだった。まあ、そう言われるのも無理はない。


 これまで3週間、ほぼ毎日泣きっ放し。砂場遊びの時間も、砂場の横で泣きながら立ってるだけ。好きなはずのムーンウォークも、中にも入らず。最初の頃は食べていたお弁当も、最近は一口も食べず。

 2週目はあまり泣かなかったというので少し安心していのだが、どうやらちょっと具合が悪くて、泣く元気がなかっただけのことらしい。

先生:もちろんあなたたち次第だけど、時期が来るまでもう少し待ってみるという手もあるわよ



 教室のドアを開けると、私を見つけて走ってきた次女。大泣き。

ポリ:赤い発疹って、どこですか?

先生:ほら、手のひらが、赤くまだらになってるでしょう?

 なんのことはない。泣き過ぎて全身充血していただけ。ま、親を呼ぶ口実でもあったのだろうと思う。



 プレスクールを出ると、ピタッと泣き止んだ次女。自転車の後ろに乗せると、

次女:うちまでお散歩? やったぁ!!

 こいつ、調子いいな(-o-) 一言文句でも言ってやろうかと思ったとき、

次女:R、今日も泣いちゃった

ポリ:どうして泣いちゃうの?

次女:だって、さみしいから。さみしいときは泣いてもいいんだよね?

ポリ:まあ、それはしかたないけど

次女:・・・でも、泣かない方がいいんだよね?


 自分でもわかってるんだよな、きっと。



 家に着いて、ランチボックスを見ると、半分くらいなくなっている。


次女:今日はね、R、お弁当食べたの!

ポリ:えらいじゃん!

次女:全部は食べなくてもいいんだよね? でも、全部食べた方がいいんだよね?


 そう言って、目の前で残りも全部食べてみせた次女。よく見ると、プレスクールを出てもう1時間近く経つのに、まだ時々ヒックヒックしている。きっとお父さんが来るまで、ずーっと泣いていたのだろう。


 怒ってないよ。怒ってないから、大丈夫。




 今朝、起きた途端に、不安そうな顔で、

次女:今日、R、プレスクール行かなくてもいい?


 いいよ、と言うと、もうこぼれんばかりの笑顔(^o^)


 よっぽどストレスだったんだろうなあと、妻と顔を見合わせて思わず笑ってしまった。今まで、子供をプレスクールに入れるのを不安がる知り合いに対し、子供は驚くくらい柔軟に適応するから大丈夫、などと偉そうに言っていたが、今回のことで自分の無知さ加減を思い知らされた。


 今朝は少し時間があったので、長女を学校まで送った後、次女を自転車で公園まで連れて行くことにした。行く途中、自転車の後ろの座席で、楽しそうにいろんな歌を歌っていた次女、突然、

次女:明日の明日の明日の明日の明日の明日は、R、プレスクール行く


 わかったわかった(^_^) 気長に待つよ(^o^)
 
  1. 2008/10/01(水) 04:42:33|
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イジメ

 
 小学校低学年の頃、教科書に「ばーか」などと落書きされたことがある。今から考えれば、きっとある種のイジメだったのかもしれない。だが、「イジメ」なんていう単語を知らなかった私は、落書きした犯人を特定し、そいつの教科書を、給食の残飯用のダストシュートに放り込んでやった。

 マヨネーズまみれになった教科書を持って泣いていた彼を今でも覚えている <どっちの方が性質が悪いんだか

 殴られたら殴り返した。机の裏にジャムを塗られた時には、筆箱の中に牛乳を注ぎこんでやった。

 昨今ニュースやテレビドラマで取り上げられるような、犯人のわからない陰湿なイジメにあったことがないのが幸いしたのか、いつの日からかいじめられることはなくなった。もちろん、親の介入など一切なかったので、自分が親になった今も、子供同士の些細な喧嘩には口を出さないよう努めていた。

 でも、今回は違った。




 水曜日の夜。長女が私のところに来た。

「バックパックの中に、すごく嫌な物を見つけた」

と言って、四つ折にされた紙切れを差し出した。


 開いた途端、それが何かわかって、一瞬凍りついた。

 延々と長女の悪口を書いた手紙だった。

"Dear ○○○, I hate you! Isn't that great? Well, I think so!"
"○○○ is jealous, mean, nasty"

 思いつく限りの negative words の羅列。下には汚い似顔絵も。


長女:今日帰るときに、S(クラスメートの女の子)が『誰かがあなたのバックパックに何か入れてたよ』って教えてくれたの

ポリ:オッケー。こういうことを書く人は、自分がこういう人間だ、って言ってるのと同じ。そんな奴のいうことなんか気にしなくていい。大丈夫。明日、お父さん、先生と話してみるから


 長女、涙を浮かべながらも、素直にそれを聞いていた。こっちも、悔しくて涙が出そうだった。




 翌朝、早めに家を出て、いつもどおり長女をクラスルームの前まで送り、そのまま職員待合室に直行して担任の Mrs. R を捕まえた。手紙を見せ、最近何か変わったことはなかったか聞いてみた。

 Mrs. R、深刻な表情で

"This is not good"

を繰り返し、特に気がついたことはなかったが、今日中にいろいろやってみなければならないと言ってくれた。




 午後、娘を迎えに行った妻に、Mrs. R が状況を説明してくれた。


 犯人は、予想通り(?) S だった。この子、体も大きく、強気で bossy なタイプ。うちの娘も、チビのくせに何かと仕切りたがるので、これまでにも時々ぶつかることがあった。だったら遊ばなきゃいいのに、と思うのは親の発想で、なんだかんだ言って結構よく遊んでいる。ある日、休み時間にボールの取り合いになり、力で勝る S は、取り上げたボールを娘にぶつけ、娘はオフィスで顔を冷やす羽目になった。


 オフィスから皆のところに戻ると、S が

「あたしが先に取ったんだから、あたしは悪くない」

と主張した。娘は娘で

「あたしが先だ」

と言い張ったところ、周りで見ていたクラスメートたちが娘の肩を持ったらしい。頭にきた S は、例の手紙を書いて、娘のバックパックに入れたのだという。


 この日、不穏な空気を察知した S、Mrs. R に呼ばれる前に、娘に “Sorry” と声をかけ、Mrs. R が問い詰めたときは、

「もう謝ったもん」

と、しれっとしていたらしいのだが、Mrs. R は当然それでは満足せず、反省文を書いてくることを命じたとのこと。




 事実がわかってしまえば、たわいない子供同士の諍いといえないこともないし、先生の素早い対応にも感謝している。が、またいつか同じようなことがないとも限らないし、もっと大変なことになるかもしれない。娘が、一人で抱え込まない子であることを嬉しく思うし、自分と同じ思いを他人にさせない子であることを期待する。





 こんな重い話にもしっかりオチがあって(^o^)、実は S がその手紙を娘のバックパックに入れたのは、もう2ヶ月も前の話だったらしい。せっかく入れた傑作が全然読まれた形跡もなく、いつもと同じように自分と遊ぶ娘にしびれを切らした S が、自ら墓穴を掘ったというのが真相。


 悪意のある手紙に2ヶ月も気づかず、説教され終えた S となぜかまた遊び始めた娘を見て、Mrs. R も

“She is so innocent”

と苦笑していた。Innocent って、アホっていう意味でしたっけ? それともただの能天気?



 ま、君はそのまま能天気に育ってくれ。



 なにかあったら、全力で守ってやるから、大丈夫(^o^)
 
  1. 2008/03/22(土) 04:11:22|
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涙の理由

 
 年のせいか、最近ほんとに涙もろくなった(;_;)


 テレビ番組や映画は、まあ、わざと泣かせるストーリーに作り上げられているんだから、仕方ないといえば仕方ないのだが、「救命病棟24時」(<古い)なんか結構やばかった。

 長女の学校のオープンスクールで、卒業生の6年間の成長の跡を綴ったスライド上映を見ながら泣けてきた時は、我ながらあきれた。他人の子供だっつうの(-_-;

 子供の虐待を始めとした昨今の日本のニュースなんか、最後まで読めないようなものも多い。プールの排水溝に吸い込まれた女の子の救出作業で、足が見えているのに助けてあげられない救出チームの人達の心情。酔払い運転に追突され、海に転落した車から必死で救出しようとした3人の子供が目の前で亡くなっていった御夫婦。


 男が泣くなんてみっともないことはわかっているのに、いつからこんな風になったのか。つらつら考えてみると、うん。きっとあのときからだ。


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 8年前の夏。妻は妊娠38週。まだ予定日までは間があった。


 夜中の1時少し前のことだった。なぜかまだリビングで起きていた私の耳に、寝室から妻の声が聞こえてきた。おなかが痛いというので、陣痛には少し早いと思いつつ、間隔を測る。


 おかしい。本やお父さん学級で教わった間隔と明らかに違う。波が早過ぎる。


 慌ててかかりつけの産院に電話すると、すぐに連れて来いとのこと。その頃には痛みで歩くことも困難になっていた妻を抱きかかえて、徒歩7分ほどの産院まで歩き始めたが、重かったので(^_^; たまたま通りかかったタクシーを拾って、産院の玄関に着いた途端、出血。


 主治医の先生の診断は、常位胎盤早期剥離。緊急事態ということで、救急車を呼び、一番近くの大学病院まで運ばれた。

 緊急帝王切開の準備の間、

「母体最優先でいきます。赤ちゃんについては保証できません」

と説明を受け、同意書にサインした。痛みでうんうんうなっていた妻までサインさせられた(いや、必要なことはもちろんわかっているのだが)。


 手術室に入ったのは午前3時頃。大した意味はないと思いつつ、「祈りながら歩き続けなければならない」と勝手に決めて、手術室の前を行ったり来たりすること2時間。出てきた看護婦さんが、

「4時54分に生まれました。二人とも無事ですよ」

と言われたときは、ただただ安堵した。


 麻酔から覚めたチューブだらけの妻を病室に見舞った後、NICU に運ばれた娘に会いに行った。彼女もまたチューブだらけでカプセルに入っていたが、想像していたサルのような赤ちゃんではなく、目も既にパッチリ開いて、わりと人間らしい(^o^)顔だったことに、また安堵した。




 翌日、とりあえず当時所属していた研究室に報告に行き、すぐまた病院に向かった。研究室から病院までは東武東上線で8駅。ただ、両方とも駅からかなり歩く必要があるし、自宅から研究室までは自転車で通っていたこともあって、試しに病院まで自転車で行ってみることにした。研究室から病院まではおよそ10km。ママチャリだったが、40分くらいで着いたと思う。


 病院で担当の先生に詳しい話を聞いた。胎盤の3分の2が剥離していたこと。取り出した後、娘が2分間自発呼吸しなかったこと。あと30分遅かったら、母子共に危なかったこと。


 NICU でカプセルの中の娘にさわらせてもらった。うん、元気そう。病室に戻ると、相変わらずチューブだらけの妻が、点滴のせいでぱんぱんにむくんだ足を見せてくれた。


 帰り道。泣いた。川越街道を自転車で走りながら、ほんとに大声で泣いた。ありがたくて、ありがたくて。頑張った妻と頑張った娘のことを思って。助けてくださった主治医の先生や執刀医の先生、家族を守ってくれている天国の祖母に感謝して。あと、なんにもできない自分が情けなくて。

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 あんなに泣いたのは、ある程度の年になってからは初めてだったと思う。あれからだな。涙腺ユルユルになったのは。




 数日後、病室で

「この間チャリで来たとき、・・・」

と、妻にその話をしようと思ったら、

「チャリで来た? この暑いのに、莫迦じゃないの? そんなことしてるから来るのが遅いんじゃん」

 突っ込むところ、そこですか。あーそうですか(-_-;
 
  1. 2007/04/21(土) 04:52:34|
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泣き虫

 
 週末は本当に疲れた。


 原因はうちの莫迦娘である。土曜日は週に一度の日本語学校。まず朝、家に忘れ物。学校ではおしゃべりがひどかったらしく、先生から親に厳重注意。学校にもジャケットを置き忘れ、しまいには一週間前に提出するはずの夏休みの宿題を出していなかったことが判明。

 一つ一つは些細なことなのだが、聞くと適当に嘘の返事をするのが一番の問題。妻が大声で怒鳴るとすぐ泣くのだが、決して素直に聞き入れず、泣きながらいろいろ言い返してくる。あまり怒らない私の方がかえって怖いらしく、怒られると泣きながら神妙にしているのだが、今度は逆に聞き流しているようで、直後に同じことを繰り返す。

 私はネガティブな感情を長続きさせるのが苦手なのだが(エネルギーの消耗が激しい)、次の日も全く反省の色が見えない娘に、さすがに笑顔は向けられず、結局二日間ずっと不機嫌な顔をしていた。



 日曜日の夕食前に、とあることを「やってはいけない」と釘をさしておいたにもかかわらず、夕食が終わると平気でそれをやった娘に、とうとう堪忍袋の緒が切れた。

「やるな、と言ったのが聞こえなかったのか!」

「・・・聞こえた」

「じゃあ、あかんとわかっていてやったのか!」

「・・・」

 娘の頬をひっぱたいた。7年間一度もたたいたことはなかったのに。


 泣き虫の娘は、だが、泣かなかった。





 反省文を書かせた後、いつものように、一緒にお風呂に入った。娘は普通の表情だった。


「さっき、お父さんがひっぱたいたのは、やったらあかんことだから、謝らなあかん。ごめんな」


 娘は泣き出した。さっきは痛くても泣かなかったのに。


「痛かったか?」


 無言でうなずく娘。


「これからは、絶対にたたかないと約束するから、○○もお父さんとお母さんとの約束守ろうな」


 泣きながらうなずいていた。・・・こっちも、シャワー出しっぱなしで、良かった、良かった(^_^;




 どうせまた、同じことでやりあう日が続くんだろうけど、お互い、ちっとは前に進んでるといいなぁ。
 
  1. 2006/09/13(水) 10:57:29|
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