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今日も脳天気

役に立たない♪ 意見しない♪ 仲良きことは美しき哉♪

遅い

 Stanford Blood Center から名指しのメールが来た。
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Good afternoon and thank you for your donation in May.
You came up as a match for a specific patient who needs 6 donors this week.
I'm wondering if you could be one of them and help out again with a whole blood donation.
You match not only the blood type but also the phenotype in your red cells.
Please call us or send an appointment request one on line ASAP.
Thank you very much for your support.
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 もともと献血が趣味の私だが、血液型だけでなく、赤血球の表現型までマッチすると言われると、これはすぐに行かねばなるまい。
 
 早速自転車を飛ばして現地到着(構内なので5分足らず)。
 いつもの献血のときと同様、アメリカとは思えないような下にも置かない丁寧な扱いを受けるが、メールから受けた切迫感は感じられない。
 
私:6人集まったの?
 
受付:いいえ、まだよ。そんなに緊急という訳でもないし。
 
 おい(-_-#
 
 まあ、来た以上は何もしないで帰るのも悔しいので、献血することに。
 いつものように袖を捲り上げた右腕を一瞥した担当の看護婦さん、
 
看護婦:今日は逆の腕にする?
 
 別にどっちでも構わないけど、明らかに右の方が極太血管が浮き出ているのに、どうして?

看護婦:ここ、前回の scar がまだ残っているのよ。多分問題ないと思うけど。
 
 えーっ!前回って5月でしょ。たかが注射跡、5ヶ月経ってもまだ治っていないとは。
 ガーン(-_-)かなりショック。下の娘なんて、以前かなりの高さからコンクリートの地面に落ちて顔面傷だらけになっても、わずか1週間で跡形もなくなったのに。
 
 
 そういえば、大学院生の頃フェーズワン(未認可薬の人体実験)に参加したときのこと。
 
 フェーズワンのスケジュールは薬によって異なるが、私が初めて参加したのは
-3泊4日
-1日3回の採血及び尿検査
という、わりと一般的なもの。ちなみに治験薬は確かタ○ダの血液凝固阻害剤。フェーズワンは、薬の効き目ではなく、副作用を調べるのが主目的なので、被験者が健常人かつ体調が正常でないと治験にならない。したがって、治験中は規則正しい生活、毎朝の健康診断などが課せられる。
 
 2日目の朝。眠い目をこすりながら診察室に入り、問診の前に血圧と脈拍を測ってもらう。
 すると、看護婦さん、妙な顔をしながら何度も測定を繰り返す。そして、
 
看護婦:脈拍40以下。血圧測定不可。・・・あなた、起きてる?これじゃ役に立たないから、所内を一周してきなさい。
 
 元々低血圧&不整脈の傾向があるのだが、結局所内一周したくらいじゃ正常値にはならず、朝からえらいこと運動させられる羽目に。
 
 
 も一つ思い出した。高校の陸上部に入部して最初の練習日は、いきなり筋トレスペシャル。先輩のしごきも加わって最後はへろへろだったが、翌日他の1年生が筋肉痛でひぃひぃ言っているのを横目に、一人平気な顔をしていたため、皆から賞賛の眼差しを浴びていた。
 
 その翌日。・・・御想像通りです(;_;)
 
 回復だけじゃなく、昔から生体反応も遅いのか。
 
 体質がジジイ。
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  1. 2007/10/24(水) 05:05:45|
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とっておき

 来春に学位審査を控える大学院生M(現在臨床研修中)から、ボスの面白い写真を持っていたら取っておいてくれ、と頼まれた。
 
 こちらの Thesis Defense、いわゆる学位論文公聴会は、緊張感溢れる日本のそれとは随分趣が異なる。
 通常、三部構成となっており、まず始めに指導教官が、わざわざこのために作ったスライドで、のっけからユーモアにあふれた発表者の紹介を行なう。発表者は、苦笑しながらも引き続き学位論文の研究を真面目に(<当たり前)発表する。そして、45分ないし60分の発表が終わると、謝辞と称して、
 
「うちのボスはこんなにお茶目なんです」
 
というスライドを何枚も見せて、自分がやられた紹介の仕返しをする。
 
 これまでに聴いた Defense は、例外なくこのパターン。・・・この国の人間は、なんにでもジョークを入れないと気が済まないらしい。
 
 
 で、Mの依頼だが、うちのボスは非常に脇が甘いので、その手の写真はなんぼでもある(^^) 
 
 うちの娘のタイツを頭にかぶっている写真とか。
 
 パイ早食い競争で、顔中パイだらけの写真とか。
 
 Mの Defense がとても楽しみである。
 
 
 スライドといえば、日本にいた頃、私はなぜか友人の結婚式の披露宴でスライド係を頼まれることが多かった。新郎新婦の思い出の写真を披露しながら、適当にナレーションを入れる奴である。
 使用する写真は、もちろん事前に新郎新婦と相談して決める訳だが、そこはそれ、なにかサプライズを入れたいのが人情というもの。毎回必ず、当日まで当事者には秘密で、写真やそれにまつわるエピソードを紹介していた。
 
 あるとき、大学の陸上部の同期MとSの披露宴で、スライド係を頼まれた。両方ともよく知っていたので、適当にからかいつつも、スライドショーは和やかに進行していった。おちゃらけ写真などである程度盛り上がったところで、いよいよクライマックス。
 
私:仕事上の都合でずっと遠距離だったお二人ですが、実はこのとき、新婦のSさんは初めてM君のいる福岡に遊びに行った訳であります。お二人の話では、このとき二人でホテルの窓から見た博多の美しい夜景が忘れられないのだそうです。
 
 新郎新婦感動の場面。・・・のはずだったが、ふと見るとなぜか二人とも顔面蒼白。後でMにこっぴどく叱られた。
 
M:アホかお前(-_-#『初めて』『遊びに』行って、『ホテル』の『夜景』って(-_-## 親族のテーブル、めっちゃシーンとしてたわ(-_-###
 
 どうやら、そのときSは友達の家に泊まることになっていたらしい。
 
 
 まあ、「研究界のハマグリ」と呼ばれるくらい、口の堅さには定評のある私でも、間違いは起こり得るのだ、と。
 
(こやつに秘密を打ち明けてはいけません by 妻)
  1. 2007/10/17(水) 05:08:37|
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遍歴

 考えてみると、何を隠そう、高校入学以来21年間で、現在のつれあいが6代目。

 最初の子とは中学生のとき付き合い始めたが、一緒に通学するようになったのは高校に入ってから。3年間毎日のように登下校し、ついには京都にまで連れて行ったが、大学3年のときに、当時アルバイトしていた都ホテルの近くで、どこの誰ともわからない馬の骨に奪われてしまった。
 とはいえ、最後の1年はこちらも二股をかけていた。大学2年のときに出会ったのは、足が速くスポーティーで、世間のことを何一つ知らない色白美人。二人で北海道を11日間旅して回ったこともあった。少しずつ少しずつ、自分好みに変えていき、さあこれから、という大学4年の夏。陸上の七大学対抗戦に出場中に、どこかへ行ってしまった。八方手を尽くして探し回ったが、結局見つからなかった。
 それから少しして、寂しさに耐え切れずに、友人から半ば奪うようにして付き合い始めたのが3代目。この子もスポーツ系だったが、なぜか事故に遭いやすく、雨の中、一緒に帰る途中に後ろから原チャリに追突され、道路に投げ出されたときは共に打撲程度で済んだものの、博士課程に入ってすぐ、帰宅途中に川端三条でタクシーにはねられ、帰らぬ人となった。
 4代目は一転して庶民的な奴。こいつの前では変にかっこつけることもせず、気楽に付き合えたので、大学院卒業後、理研に移ったときも連れて行ったが、2年後再び京都に戻る際、理研に居場所を見つけていたこの子をそこから引き離すことは出来なかった。
 ポスドクとして舞い戻った京都では、ちょっとカラーは違うが、また庶民的な奴を見つけた。私だけでなく当時1歳の娘ともフィーリングが合い、一緒に保育園に通ったりもした。さすがにアメリカ行きにまで無理に付き合わせることはできなかったが、今でも京都で楽しく暮らしていると聞いている。

 そして今。こういう骨太なタイプは初めてだったので、うまく付き合えるかどうか初めは不安だったが、なんだかんだ言いつつ、もう5年。日々1時間を超えるハードな運動のせいで具合が悪くなることも多々あるが、今やお互いに相手のことを熟知しているので、直すのもそれほど難しくはない。
 
 
 とまあ、これまで私と付き合ってくれた自転車たちを紹介してみた訳だが(^^)、こうしてみると皆それぞれに思い出深い。お付き合いした年数はそれぞれ、
 
初代(クロスバイク)・・・6年(中学時代も含めると9年)
2代目(スポルティーフ、セミオーダーメイド)・・・2年
3代目(ロードバイク)・・・3年
4代目(シティサイクル)・・・4年
5代目(シティサイクル)・・・2年半
6代目(マウンテンバイク)・・・5年
 
 幸運なことに(他人に言わせると信じられないことに)、今までずっと、通学・通勤は自転車。車どころか、バスも電車も使わずに済んでいる。中学生のときは徒歩だし。小学校も徒歩、幼稚園は、・・・あ(-o-)
 
 そういえば、幼稚園のときはスクールバスだった(-_-)
 
 「通勤・通学に車もバスも電車も使ったことない」のが自慢だったのに。二度と自慢できない。なんか、ものすごく悔しい。<他に自慢することはないのか
  1. 2007/09/29(土) 05:25:32|
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一面トップ

 毎週火曜日はラボミーティング。最新の論文を紹介するジャーナルクラブと、研究の進展具合を報告するプログレスリポートの二部構成になっている。
 ポスドクGが選んだ、今週のジャーナルクラブ用の論文。神経前終末でシナプス可塑性に重要な役割を持つことが知られているタンパク質のターンオーバーに直接的に関わる遺伝子を同定し、その性質を調べたものだが、まあ、それはどうでもいい。<研究者として、その態度はいかがなものか、と
 読み始めると、なんか記憶の隅をつつくものがある。
 
 あ、これ、もしかして。
 
 先週ある筋でえらいこと話題になった、あの論文だ!
 
 バイオサイエンスに携わる日本人の多くが、このニュースを目にしたと思う。知る人ぞ知る人気漫画家、荒木飛呂彦のイラストが、生命科学分野の三大メジャー誌(異論のある方もいるだろうが)の一つである「Cell」の表紙を飾ったのである。
 
 通常、専門誌の表紙は、受理された論文の著者が、論文の内容に関連する図あるいは写真を編集部に送り、その中からふさわしいと思われる物が編集部によって選ばれる。特定の論文の著者に、編集部から表紙の依頼が来ることもある。
 どうやら、この論文の著者である日本人ボスが、論文になった研究内容のイメージ化を、つてをたどって荒木飛呂彦氏に依頼したとのこと。
 あるタンパク質を選択的に分解する過程に重要であることから、Scrapper(壊し屋)と名づけられた遺伝子産物が、スタンドになってる!<わかる人にはわかる(^^)
 
 かっこいい。
 つてをたどれるこのボスもすごいが、こういうものを受け入れてくれる編集部もえらいと思う。
 
 
 何を隠そう、私の論文も、一度だけ専門誌の表紙を飾ったことがある。学位論文になったその仕事、もちろん nature や Cell などの超メジャー雑誌ではないが、それでも嬉しくないはずがない。
 同業者に自慢するのもちょっとどうかと思い、とりあえず身内に自慢してみた(^^)
  
義妹:それってもしかして、「TIME」 の表紙を飾るようなもん?
 
 んな訳ないでしょ。
 
義妹:じゃあ、「プレイボーイ」?
 
 プレイメイトになってどうする。
 
義母:えーっ!ちょっと、ほんとぉ?すぐ本屋に行って買ってくるわ!
 
 すみません。本屋にはちょっと売ってないかも。
 
義母:じゃあ、注文先教えなさいよ!近所に配るから!
 
 いや、ですから、私の顔写真が表紙を飾るという訳では(-_-;
 
妻:ねーねー、表紙って何書いてもいいの?
 
 そりゃ、論文の内容に即したものじゃないと。
 
妻:じゃ、マウスの眼球運動の研究なんだから、ドアップにしたマウちゃんの瞳の中にさりげなくあたしが映っている、っていうのはどう?
 
 アホか。ったく、そーゆーしょうもないことには頭が回るんだから(-_-#
 
義妹:さりげなくあたしも。
 
義母:あたしも。
 
 ・・・もう勘弁してください(;_;)
  1. 2007/09/12(水) 04:50:49|
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独創性

 研究者として独立し、研究費を獲得するためには、「他の人がやっていない」研究を計画しなければならない。研究にはいくつかの種類がある。すなわち、
 
1. 誰もが思いつかないようなプロジェクト
2. 誰もが面白いと思っているが技術的に実現できていないプロジェクト
3. 大して面白くないので誰もやらないプロジェクト
 
 実際に自分のオリジナルプロジェクトをいろいろ妄想し、ふと我に返ると、それらは3番、つまり「すきま家具」のようなアイデアばかりだったりする。サイエンスに対する貢献という意味では、このようなプロジェクトもそれなりに重要である場合もあるのだが、
「研究なんてうまくいくかどうかは誰にもわからないが、一番うまくいったと仮定したときにそれがものすごく面白い研究でないのならば、それを始める価値はない」
という利根川さんの言葉を、もう一度噛みしめてみることになる。
 そういう意味では、1番が、独創的、かつエキサイティングな結果が予想されれば理想的だと思う。
 
 しかし、この「独創的」というのが一筋縄ではいかない。
 
例1.
 
 中学生の頃、美術の授業で
「レコードジャケットを作る」
という課題が出た。自分の好きな歌・アルバムを選び、それに合ったレコードジャケットを、デザインはもちろん、紙の色、素材に至るまで自分で考え、作製するというものである。大きさは LP 盤サイズ。<当時はまだ CD はなかった

 考えた。絵の下手な私が人より目立つにはどうすればよいか。

 レコードジャケットというと、当然皆正方形のものを思い浮かべる。でも、実際のレコードは円。ならば、円形のケースを作れば、目立つ、かつ実用的なのではないか!
 円形のケースを作ろうとすると、糊しろの部分が難しい。2枚の円盤を張り合わすだけでは、強度に問題が生じる。それでも極力円に近づけたかったので、正方形の半分に正60角形の半分が融合した形のケースを作ることにした。
 角度をちまちま計算し、展開図を描き、糊しろがうまく折れ曲がるように工夫し、ついに完成。さて、レコードを入れてみよう、としたその時。
 
 レコードの内袋(半透明の奴)が正方形であることが判明(泣)
 
 入らねーよ(-_-#
 
 レコードを直接入れるのはためらわれたので、結局使えなかった。
 
 
 このように、アイデアが良くても(良かったのか?)実用的でないと、それは単なるアイデア倒れに終わってしまう。
 ならば、2番はどうか。
 
例2.
 
 中学生の頃、秋の遠足で吾妻山に登ることになった。おやつは500円まで。バナナは含まれない。
 
 考えた。限られた予算で、注目を集めるにはどうすればよいか。<なんでやねん
 
 子供の頃からアイス大好きだった私。立派なおやつだけど、遠足でアイスを食べてる子は見たことがない。そうだ!アイスを持っていこう!
 
 まず、発泡スチロールの箱を手に入れ、さらに電話帳で氷屋の場所を調べて、ドライアイスを1kg買ってきた。ナップサックに箱を入れると、他の物がほとんど入らない。他の持ち物を極力減らし(<莫迦)、ふと肝心のアイスをまだ買っていなかったことに気がつき、慌てて近くの駄菓子屋に行き、唯一売っていた「ガリガリ君」を1本購入。ドライアイスはおやつには含まれないはずだとはいえ、
 
 ドライアイス500円に対し、ガリガリ君50円 <大莫迦
 
 山の上で皆汗だくになる中、さっとアイスキャンディーを取り出し、得意顔でほおばる自分を想像し、興奮してなかなか寝付けなかった。
 
 さて、当日。・・・秋の吾妻山を甘く見てはいけない。
 
 激寒(-_-)
 
 頂上で、持ってきたカルピスの原液とお湯でホットカルピスを作って皆の賞賛を浴びているライバル(?)Sを横目に見ながら、それでも意地で食べましたよ、ガリガリ君。震えながら。<持ち物を減らさざるを得なかったせいで、防寒具もなし
 
 
 オリジナリティとは、かように難しいものである。 <「お前は研究者に向いていない」という意見は却下
  1. 2007/08/18(土) 04:24:46|
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平和の功罪

 警察が暇だといらんことばっかりするのは、古今東西共通のようである。
 
 今日、自転車で走っている時に、久しぶりに警察に止められた。ストップサインで止まらなかったから。
 アメリカで警察に止められたのは実に4回目である。一度目は、
"Hey guy, slow down!!"
 ・・・自転車に出せるスピードは所詮限られていると思うのだが。
 二度目は今回同様、一時停止標識無視。このときは危うくチケットを切られるところだった(冗談ではない。実際に自転車でチケットを切られた人がいる。$281 なので、洒落にならない)。三度目は夜間無灯火。このときは近くを走っていた赤の他人と二人同時に捕まり、幸い私の自転車は車両登録済みだったが、彼の自転車は無登録だった為、警察官は私に
"You can go"
と言った後、彼に懇々と説教をしていた(見知らぬ人よ、ありがとう)。
 
 いくらこの辺が都会ではないとはいえ、他にすることはないのか?
 
 
 高校生の頃、学校からの帰宅途中、雨の降る中いきなり後ろからスピーカーで、
「そこの高校生、傘さし運転はやめなさーい!!」
と、町内中に響き渡る音量で注意されたことを思い出した。
 
 高校生に構ってないで、仕事しろ、山形県警。
 
 
 もひとつ思い出した。渡米前のこと。京都(ここも都会ではない)で、夜、大学近くを無灯火で走っていて、警察に止められた。
「ほら、ちょっと降りて!」
と命令した東一条派出所のお巡りさん、私の自転車についていた子供用の座席を見て、
 
「あ、お父さんでしたか。すみません。どうぞ」
   
 ノーチェックで放免してくれた。
 
 おい、ちょっと待て。子供がいれば、いいのか?
 
 それよりなにより。
 
 私はあんたのお父さんじゃない。
  1. 2007/06/24(日) 16:28:30|
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涙の理由

 年のせいか、最近ほんとに涙もろくなった。
 
 テレビ番組や映画は、まあ、わざと泣かせるストーリーに作り上げられているんだから、仕方ないといえば仕方ないのだが、「救命病棟24時」(<古い)なんか結構やばかった。
 
 長女の学校のオープンスクールで、卒業生の6年間の成長の跡を綴ったスライド上映を見ながら泣けてきた時は、我ながらあきれた。他人の子供だっつうの(-_-)
 
 子供の虐待を始めとした昨今の日本のニュースなんか、最後まで読めないようなものも多い。プールの排水溝に吸い込まれた女の子の救出作業で、足が見えているのに助けてあげられない救出チームの人達の心情。酔払い運転に追突され、海に転落した車から必死で救出しようとした3人の子供が目の前で亡くなっていった御夫婦。
 
 男が泣くなんてみっともないことはわかっているのに、いつからこんな風になったのか。つらつら考えてみると、うん。きっとあのときからだ。
 
-------------------------------------------
 8年前の夏。妻は妊娠38週。まだ予定日までは間があった。
 
 夜中の1時少し前のことだった。なぜかまだリビングで起きていた私の耳に、寝室から妻の声が聞こえてきた。おなかが痛いというので、陣痛には少し早いと思いつつ、間隔を測る。
 
 おかしい。本やお父さん学級で教わった間隔と明らかに違う。波が早過ぎる。

 慌ててかかりつけの産院に電話すると、すぐに連れて来いとのこと。その頃には痛みで歩くことも困難になっていた妻を抱きかかえて、徒歩7分ほどの産院まで歩き始めたが、重かったので(^^; たまたま通りかかったタクシーを拾って、産院の玄関に着いた途端、出血。
 主治医の先生の診断は、常位胎盤早期剥離。緊急事態ということで、救急車を呼び、一番近くの大学病院まで運ばれた。
 
 緊急帝王切開の準備の間、
「母体最優先でいきます。赤ちゃんについては保証できません」
と説明を受け、同意書にサインした。痛みでうんうんうなっていた妻までサインさせられた(いや、必要なことはもちろんわかっているのだが)。
 
 手術室に入ったのは午前3時頃。大した意味はないと思いつつ、「祈りながら歩き続けなければならない」と勝手に決めて、手術室の前を行ったり来たりすること2時間。出てきた看護婦さんが、
 
「4時54分に生まれました。二人とも無事ですよ」
 
と言われたときは、ただただ安堵した。
 
 麻酔から覚めたチューブだらけの妻を病室に見舞った後、NICU に運ばれた娘に会いに行った。彼女もまたチューブだらけでカプセルに入っていたが、想像していたサルのような赤ちゃんではなく、目も既にパッチリ開いて、わりと人間らしい(^^)顔だったことに、また安堵した。
 
 翌日、とりあえず当時所属していた研究室に報告に行き、すぐまた病院に向かった。研究室から病院までは東武東上線で8駅。ただ、両方とも駅からかなり歩く必要があるし、自宅から研究室までは自転車で通っていたこともあって、試しに病院まで自転車で行ってみることにした。研究室から病院まではおよそ10km。ママチャリだったが、40分くらいで着いたと思う。
 
 病院で担当の先生に詳しい話を聞いた。胎盤の3分の2が剥離していたこと。取り出した後、娘が2分間自発呼吸しなかったこと。あと30分遅かったら、母子共に危なかったこと。
 
 NICU でカプセルの中の娘にさわらせてもらった。うん、元気そう。病室に戻ると、相変わらずチューブだらけの妻が、点滴のせいでぱんぱんにむくんだ足を見せてくれた。
 
 帰り道。泣いた。川越街道を自転車で走りながら、ほんとに大声で泣いた。ありがたくて、ありがたくて。頑張った妻と頑張った娘のことを思って。助けてくださった主治医の先生や執刀医の先生、家族を守ってくれている天国の祖母に感謝して。あと、なんにもできない自分が情けなくて。
 
-------------------------------------------
 
 あんなに泣いたのは、ある程度の年になってからは初めてだったと思う。あれからだな。涙腺ユルユルになったのは。
 
 
 数日後、病室で
 
私:この間チャリで来たとき、・・・
 
と、妻にその話をしようと思ったら、
  
妻:チャリで来た? この暑いのに、莫迦じゃないの? そんなことしてるから来るのが遅いんじゃん#
 
 突っ込むところ、そこですか。あーそうですか(-_-)
  1. 2007/04/21(土) 04:52:34|
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ぐるめ

 週末、4家族総勢大人10名子供6名で Oyster Farm に繰り出した。我が家から車でちょうど2時間程。日本から到着したばかりの義妹も、SF 国際空港から直接強制連行(^^)
 
 天候にも恵まれ、子供達は牡蠣なんざそっちのけでおおはしゃぎ。大人は大人で、持ち寄り御飯やらワインやら日本酒やらと共に、凡そ170個の牡蠣をたいらげた。ナイフでの開け方を教わり、7割方は開けた端から生でツルン♪ 残り3割は、小麦粉・卵・パン粉をまぶして、その場で軽く揚げて、牡蠣フライ。加熱した牡蠣は苦手な私も、これは美味かった(^^) 御馳走様でした (_ _)
 
 予約制のピクニックテーブルはほとんど埋まっていたが、私にとって意外なことに、周りは皆アメリカ人やメキシカン。たまたまかも知れないが、日本人を含むアジア系の人はいなかった。アメリカにもニューオーリンズのように生牡蠣を名物と謳うところがあるのだから、そう不思議ではないのかもしれないが、私の周りのアメリカ人はこの手のものが苦手な人が多い。刺身や寿司は食べるくせに、姿がそのまんま系のものは怖がって手を出さない。以前私がせっかくホームパーティーに持って行ったイナゴの佃煮も、皆あまり食べてくれなかったし<そりゃそうだ
 
 実は私も、初めて生牡蠣を食べたのは結婚してから。考えてみれば、生牡蠣なんて生きた貝をそのまま食するわけで、ある意味かなりゲテモノに近いかもしれない。生牡蠣がゲテモノかどうかはともかく、妻も私もチャレンジ精神旺盛なので(^^) eatable なものであれば、とりあえず何でも試してみたい人間である。長野に行ったときには、ざざ虫(トビケラの幼虫)の缶詰を見つけて大喜び。とある京都の居酒屋で狂牛病騒ぎの直前までメニューにあった羊の脳みそも、二人で恐る恐る食べた記憶がある。
 以前「Fear Factor」という番組で出演者が食べさせられていた maggot cheese なるものも、一度は試してみたい。
 
 
 京都に住んでいた頃、とある信州料理屋がお気に入りだった。ここ、公式メニューにも変わったもの(いなご、蜂の子、熊鍋 etc)が多いのだが、顔見知りの客には、大将が尻ポケットに潜ませている「裏メニュー」なるものを見せてくれる。
 何でも話のネタに一度は挑戦してみたい私、ある日、5品ほどの裏メニューを上から順番に試してみることにした。
 
 まずは「鈴虫・コオロギの佃煮」 楽勝♪ 

 お次は「馬の○ん○ん」(^^; そして「ハエの佃煮」(^^;;  この辺まではなんとかいけた。
 
 次に書いてあったのが、いかに私でもちょっと敷居の高い「ゴ○ブ○のなんとか(忘れた)」だったので、少しだけ不安を感じて大将に聞いてみた。
 
私: ほんとに美味いんすか、これ?
 
 すると大将、裏メニューの紙をひらひら振りながら、
 
大将: わし、こんなもん食べたことないから知らん。
 
 裏メニュー挑戦、即刻中止(-_-#
  1. 2007/03/07(水) 15:10:09|
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 今日は実に久しぶりの雨。
 
 ここカリフォルニア、スタンフォード周辺には季節が二つしかない。乾季と雨季。アマゾンみたいなもんである(^^)
 11月から2月までは雨季。毎日雨という訳ではないが、天気の悪い日が比較的多い。2、3日続けて雨ということもある。ところが、今年は雨の日が少ない。今日の雨は今年に入ってまだ3回目。
 その代わり、今年はカリフォルニアとしては記録的な寒さらしい。なにせ、氷点下に下がることが珍しいこの辺りで、先週は4日続けて-5℃。最低気温が-2℃の山形より寒かったのだから、相当なものである。ま、ニューハンプシャーの知り合いのところは連日-17℃だそうで、-5℃で文句言ってたら怒られそう(^^;
 3月から10月までは乾季。特に5月から9月までは、ほんっとに1滴も雨が降らない。日本では1ヶ月くらい雨が降らないと、すぐ水不足だ、取水制限だと大騒ぎになっていたのに、こっちで水不足なんて聞いたこともないのが非常に不思議である。今年なんか、雨季になっても大して降らないので、大学や個人宅のスプリンクラーは今でも毎日稼動状態。うちでも風呂や洗濯で水使いまくっているのに、水道代はない(今のアパートは渡米して3軒目だが、以前のアパートでも水道代は取られたことがない)。
 
 
 この夏に、ネバダとアリゾナの州境にあるアメリカ最大のダム、フーバーダムを見学したとき、カリフォルニア州にも水を供給していると聞いた。いくらでかいとはいえ、ほぼ日本列島と同じ大きさのカリフォルニアの水源がここだけとは思えなかったが、よくよく調べてみると、フーバーダム一つの貯水量は、日本全国のダムの総貯水量の約二倍。すごい。いくらちまちましたダムを作っても、夏になると毎年一向に水不足が解消されない日本から見たら、羨ましい限りである。環境団体にとってはいろいろ言いたいこともあろうが、どうせダムを作るなら、これくらい多くの人を満足させてくれれば、なかなか文句も言えないと思う。(実際には、サンフランシスコを含む北カリフォルニアは、ヨセミテを始めとした別の水源から水が供給されている)

 今娘が読んでいる、フーバー大統領の伝記をぱらぱらめくりながら、そんなことをつらつら考えてみた。
 
 
 そういえば、昔中学の社会科の試験で、
「ナイル川上流に建設された世界有数の貯水量を誇るダムの名前は?」
という問題に、
 
「蔵王ダム」
 
と苦し紛れで答えたM君、元気かなぁ?
 
「アムステルダム」
 
と素で間違えたMちゃん、今頃どうしてるかなぁ?
 
「ガンダム」
 
と書いて、笑いもとれずに先生にこっぴどく叱られたO、お前が学校の先生になるとは思わなかった。
  1. 2007/01/27(土) 15:55:19|
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決めつけ

 先週 Kirk's Burger に行ったときのこと。チーズバーガーにフレンチフライでも注文しようかと思ったら、Specialite のところに、
 
Griller (steak, swiss cheese, grilled onion on French)
 
というメニュー発見。なんだ、希望通りのセットメニューがあるやん♪と、喜び勇んで注文した。
  
 が、出てきたのは、ちょっと大き目のハンバーガー。
 フレンチフライは?と問いただそうと思って、ふと、パンがフランスパンであることに気がついた。

 あー、そーゆーことね(-o-)

 よく考えれば on French なんだから一目瞭然なのだが、一度頭がフレンチフライになると、「on」にも、fries がないことにも気がつかない。勝手に決めつけている。
 
 
 この手の勝手な決めつけで、これまでにもかなり痛い目に遭っている。学生の頃、京都の都ホテルでルームサービスのバイトをしていた。宿泊客から電話で注文が届くと、厨房に行ってそれを作ってもらい、客室まで持って行くことになっていた。

 ある晩、こんな注文が。

「ウイスキーダブルとアイス」

 早速厨房に行き、大きな声で、

私:ウイスキーダブルとアイスクリーム、お願いしまーす! <莫迦

厨房のおじさん:アイスクリームはバニラと抹茶があるけど、どっち?

私:じゃあ、バニラで! <・・・こらこら(-_-)
 
 部屋まで持っていたら、ちゃんと受け取ってくれたので、任務完了♪とバイト部屋に戻ったら、既に苦情の電話が来ていたらしく、めっちゃ怒られた。
 
上司:ウイスキーにアイスクリームな訳ないやろ(-_-# 氷に決まってるやんけ(-_-## 大体なんでお前が勝手にバニラに決めんねん(-_-###
 
 ある朝、外国人の宿泊客からこんな注文が。
 
「Two pieces of Brown Toasts 」
 
 早速厨房に行き、大きな声で、
 
私:トースト2枚、よく焼いた奴、お願いしまーす! <莫迦
 
厨房のおじさん:どれくらい?
 
私:全体に茶色くなるくらいで
 
 部屋まで持っていったら、今度はその場で、注文したものと違う、と言われた。仕方なく厨房に戻り、
 
私:トースト2枚、さっきの奴より、もっとよく焼いてくださーい!<大莫迦
 
 再度部屋まで持って行くと、呆れた客が電話して、上司登場。
 
上司:Brown Toast っちゅうのは、黒パンのトーストのことや(-_-# なんで最初に文句言われたとき、聞きに来ないねん(-_-##
 
 決めつけは良くない。
  1. 2006/10/22(日) 05:37:12|
  2. 若気の至り ―蘇る黒歴史の数々
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