今日も脳天気

役に立たない♪ 意見しない♪ 仲良きことは美しき哉♪

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進む高齢化

 
 歯止めのきかない高齢化に頭を悩ませているのは、何も日本ばかりではない。


 今年一杯で、ポスドクAがラボを離れることになった。さほど器用ではないが、知識もあり、アイデアも豊富な彼は、現在就職活動真っ最中。研究を離れ、コンサルティング会社に就職する予定とのこと。フィアンセが音楽学校在学中で、近い将来声楽を生業とする予定のため、自分まで不安定な職についていることは避けたいというのが本音のようである。

 彼は 30 歳。先日、27 歳のポスドクEが MIT の PI 職を得てラボを離れ、現在 29 歳の医学部大学院生Mは、来年学位取得後、研究を離れ、臨床に従事する予定。もう一人の大学院生、22 歳のCはローテーションなので、そう長くはいないはず。若い連中がいなくなっていく一方、来年早々に新しく来るポスドクは、私と同い年。

 来年9月に大学院生Mがラボを去ると、ボスを除いたラボの平均年齢は 36.25 歳。ボスは結構若いので(来年 41 歳。ボスになったときは 34 歳)、彼女を入れてもあまり平均値は変わらず、37.2 歳である。


 ここで少し数学のお勉強。統計学上、母数が少ない場合、「平均値 (mean)」というのはあまり意味を持たないことがある。一つでも飛びぬけた値があれば、それが平均値に大きな影響を与えるからである。別の基準として「最頻値 (mode)」、つまり最も多く現れる値を用いてみる。


 37 歳。


 じゃあ、「中央値 (median)」というのはどうだろう。小さい方から並べたとき、中央に来る値である。


 37 歳。


 変わらへん(-_-;


 来年9月時点で予想されるラボメンバーの年齢は、35 歳、36 歳、37 歳、37 歳、41 歳。見事なほどばらつきが少ない。何やっても一緒 <じゃあ、やるなよ



 ついでに少し論理学のお勉強。母集団を二つのグループに分ける場合、片方が「AあるいはB」なら、もう片方は「Aでなく、かつBでない」となる。つまり、


若くしてラボを離れる連中=見極めが早い者(例;A、M)あるいは非常に優秀な者(例;E)

なら、

残っている我々=見極めが遅く、かつ優秀でない者


 ・・・こーゆー自虐的な日記はやめた方が(-_-)



 そういえば、来年1月マサチューセッツから、共同研究者が1年間のサバティカルでうちのラボに来るはず。何歳なのかボスに聞いてこよう。



 37 歳だって(-_-;



 もうちっと、若いぴちぴちしたのをリクルートしません?>ボス

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  1. 2006/11/29(水) 11:52:37|
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 この辺りで暮らしていると、食べ物には困らない。


 果物売り場では、誰もが普通に、売り物のブドウをつまんでいる。うっかりすると柄だけ買う羽目になる <そんな莫迦はいない

 惣菜コーナーでは、小さいカップがたくさん置いてあり、皆それに勝手によそって味見している。だから、娘は惣菜コーナーのある店が大好き。初めの頃は、殊勝にも、

「味見した以上、なんか買わないと」

と思って、必ず何か購入していたが、味見のお代わりを繰り返しているアメリカ人達を見てたら、最近どうでも良くなってきた。そもそもショーケースの中の惣菜だって、

“Can I taste it?”

と聞けば、買って帰る気が失せるくらいてんこ盛りでよそってくれる。

 一見、商売っ気がないようだが、やはりそういう店には足を向けたくなるから、結局は向こうの勝ちなのだろう。



 大学のセミナーも、軽食付のことが多い。誰かのトークの後は、会場の外に置いてあるサンドイッチやらフルーツやらをつまみながら、歓談することになる。さすがは、「超」のつく金持ち大学。

 サイエンストークだけでなく、本来退屈極まりない講習会系のものでも、ちゃんと食べ物で聴衆の注意を惹く趣向が凝らしてある。人間、口を動かしていれば寝ることはない訳で、こういうところは、真面目一辺倒の日本の大学にも見習ってほしいなぁ。


 以前参加した危険物取扱者講習では、時々講師がクイズ形式で質問を投げかける。手を挙げて答えると、正解者には M&M チョコレートを壇上から投げてくれる。



 アシカになった気分だった。

                              051206
  1. 2006/11/26(日) 11:01:27|
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天才

 
 子供の「遊びを創り出す才能」には驚かされる。


 昨日は Thanksgiving day。知人に紹介してもらった、San Jose の「カリフォルニアの星」教会に伺った。牧師は日本人の方で、14年前にここに教会を建てられたのだそう。美味しいターキーと収穫祭にちなんだ料理を堪能した。御馳走様でした m(_ _)m


 牧師さんのお話や、聖歌(これがまたポップス調にアレンジしてあって楽しかった)の間、大人しくしているはずのない子供達は、外の駐車場で何やら楽しそうに遊んでいた。うちの娘達にとってはほとんど皆初対面だったが、全然お構いなし。十年来の友人じゃないかと思うくらい。 <まだ7歳と1歳だけどね(^o^)


 その様子を途中からじっと見ていたのだが、どうしてもルールがわからない。わかったのは、ある種の鬼ごっこらしい、ということだけ。どの子も誰かにタッチしようとしている。タッチされると、された方は即座にその場にうずくまることもあれば、タッチした子とジャンケンすることもある。ジャンケンした場合、負けた方はやはりその場でしゃがみこむ。しゃがんだ子は、誰かからタッチされるとまた走り始める。うちの下の子は特別にその束縛を外す役を与えられているらしく、しゃがんでいる子達は皆、下の子の名前を叫んで、

「タッチしてぇー!」

と呼んでいる。でも、別に彼女でなければならない訳でもないようだ。どんなルールなのか、上の娘に聞くと、

「全員鬼なの!」

としか教えてくれない。確かに、遠くに逃げていく子は誰もいない。いつも全員が誰かにタッチしようと狙っている。


 一見混沌としているのだが、彼らの間には確固としたルールがあるようで、喧嘩にもならず、皆弾ける様に笑いながら、延々と走り回っている。初めて会った子同士でも、お互いに知っている遊びがなければ、その場で創ってしまう。凄い。




 帰ってからそんな話をしていたら、

妻:あたしも小さい頃、自分でルールを作って、妹と鬼ごっこしてたなぁ。

 へぇ、どんな?

妻:あたしが「ひーちゃん(妹)が鬼だからね!」って言ったら、問答無用で妹が鬼になるの

 ・・・(-_-;

妻:周りで見てたらわからなかったと思うけど、ちゃんとルールがあったのよね。子供って凄いよね

 ・・・凄いのは、それを同列に論じようとするあなたの性格ではないかと。
 
  1. 2006/11/25(土) 07:55:27|
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選択

 
 昔読んだ話で、こんな場面があった。


 とあるシチュエーションテスト。自分の親と恋人が海で溺れそうになっている、という状況で、どちらを助けるか。

 出題者の意図を汲んだ(と勘違いした)参加者の一人は、「もちろん親」と答えて失格。主人公を含むグループは、制限時間中、沈黙を貫く。そう。正解はない、というのが答え。主人公達はテストに合格する。

 だが。ここで主人公は再び考え込む。これはただのテストだから、「正解はない」なんていう答えで良いのかもしれない。でも、現実にそういう場面に遭遇する可能性はないとは言い切れない。そのとき、自分はどうするか。



 既婚者の場合、親と配偶者、ということになるだろう。私ならどうするか。私なら、迷わず妻を助ける。別に親と喧嘩している訳ではない。親に感謝していない訳でもない。「親と他人」なら、当然親を助ける。でも、選択肢に妻がいれば、疑問の余地はない。

 配偶者は、血のつながりという意味では「他人」である。だからなのか、「配偶者より親を選ぶ」という人もいる。アメリカ人には特にこういう人が多い気がする。でもたぶん、だからこそ、私は妻を選ぶ。配偶者とは、お互いに自立した関係を望むという人もいる。でも、私ならどちらかというと、親とは互いに自立したい。


 ま、どっちを選ぶにしてもあまり理屈はないのかもしれない。もちろん、こんなシチュエーションにならないように努力する、というのが最善の道だが。



 選択肢に「自分の子供」があったらどうするか。うーむ。妻には悪いが、この場合は子供優先だろうな。今のところ。

 自分の親が、配偶者と子供のどちらを助けるか、というシチュエーションに遭ったら、間違いなく子供、つまり私を助けてくれると思う。それがわかっていてもなお、私は、親と妻なら、妻を選ぶ。親もこのブログを読んでいるはずだが、おそらく賛成してくれると思う。「親子」とは、そういうものではないだろうか。


泳げないくせに、何偉そうなこと言ってんだか。  by 妻)

  1. 2006/11/22(水) 10:38:57|
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折田先生の保養先候補

 
 京大で、最初に驚いたこと。

 ヘルメットをかぶり、マスクをし、棒を持った白い人たちがたくさんいた。



 Stanford に来て、最初に驚いたこと。

 誰でも入れるキャンパスの庭に、ロダンの彫刻が何十体も雨ざらしになっている。



 京都だったら絶対こうなっていると思う。



                              050906
  1. 2006/11/19(日) 03:48:46|
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重要ポイント

 
 今日は、Stanford で生命科学研究を行なう日本人の集まりで、セミナーを行なった。日本語での研究発表は実に6年ぶり。先月末の Department での研究発表がひどかったので(;_;) せめて日本語ならなんとかなるかと思ったが、結果的には自分のプレゼンテーション能力の貧困さを再認識させられた。やっぱり、英語のせいじゃなかったのね(;_;)

 笑いも取れなかったし。<どーやらこれが一番悔しかったらしい



 そこへ来ると、今日の午後行なわれた、知り合いの学生さんの Thesis Defense、博士論文公聴会はさすがだった。もう笑いの連続(^o^) 実にうまくジョークを交えながら、研究そのものも質が高い。完敗


 彼女のトークの前に、教授が彼女を皆に紹介したのだが、これがまた上手い。


'The most important thing is that she was really "goal-directed".'

 それは重要ですね。


'Some graduate students I know have lots of things other than research, but she did not.'

 なるほど。


'Some graduate students I know run full speed'

 それはいいんじゃないですか?


'... in the wrong direction, but she did not.'

 そうきたか(^o^)
 
  1. 2006/11/18(土) 21:30:52|
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国語

 
 日記でも時々出てくる、上の娘の日本語補習校。何が大変かって、日本の小・中学校のカリキュラムを、週一回の授業でカバーしようというのだから、その進み方は半端ではない。単純計算で、1回の授業に5回分詰め込む必要があることになる。


 算数は、現地の学校でも習っているので、「日本語で解く」ことを覚えればよい。大変なのは国語。一年生といえども、一つの単元に4時間も5時間もかけている余裕はない。漢字の勉強も大変。一回の授業で新しい漢字を10個くらいずつ覚えていかなければならない。覚えた漢字をすぐに使えるように、作文の授業も多い。一年生のうちは宿題も大したことはないが、二年生の友達の話を聞いた娘は、

「ずっと一年生のままがいい~」

と、既に泣きが入っている。



 先週末は授業参観。自分で書いた作文の発表会だった。アメリカの学校ではプレゼンテーションのトレーニングが多いので、皆慣れていると思いきや、やはり日本語は勝手が違うのか、蚊の鳴くような声の子が多かった。それでも、いつの世でも、子供の発想は聞いていて楽しい。アメリカだと、これくらいの年の子でもプレゼンテーションでウケを取る技術に長けていて、それはそれでかわいげがないのだが(^_^)、日本人は天然が多くて、かわいらしい。



「ぼくは おじいちゃんとおばあちゃんが だいすきです」

 ほうほう。

「だって いつでもおもちゃをかってくれるからです

 正直でよろしい(^o^) ・・・親御さんはうつむいていらっしゃいましたが。




「ぼくのにわには りすがきます」

 ほうほう。

りすのなまえは 『りす』です

 そのままやね(^_^;




「うちでは ひらひらきんぎょを かっています」

 ほうほう。

ひらひらきんぎょは ひらひらです

 ま、そうだろね(^_^;




 今、娘は、国語の授業で「ずうっと、ずっと、だいすきだよ」というお話を読んでいる。家族みんなに可愛がられていた犬が、ある朝死んでしまった。「好き」と一度も口に出して言ってやらなかった家族は悲しんだけど、主人公の男の子は、毎晩一緒の部屋で寝て、「大好きだよ」と話しかけてあげていたので、少しだけ気が楽だった。今度また動物を飼うことになっても、毎日「大好きだよ」と言ってあげよう、という話。


 娘にこのお話の感想を聞くと、

「犬が死んだとき、私も悲しかった」

とか言っているので、ちゃんと感情移入して読んでいるんだな、とちょっと安心。もう一つ聞いてみた。


ポリ:この男の子は、どうして少し気が楽だったんだと思う?

娘:犬が死んで、寝るスペースが増えたから


 君の発想は、私の理解を超えている(-o-)
 
  1. 2006/11/15(水) 11:11:50|
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男と女

文字色 
 昨日の話題に絡んで。


 ポリの所属している Department of Neurobiology の名簿が送られてきたので、男女比がどれくらいか数えてみた。


 大学院生:女性12人 男性22人
 ポスドク:女性11人 男性21人

に対し、

 Faculty:女性1人(!) 男性8人

であった。


 ちなみに、私は「男女平等」イコール「男女同数」だとは思っていないし、「男女均等」だとも思っていない。だから、太田大阪府知事が

「土俵に上がりたい」

とか言う度に、

「一体何が目的?」

と思うし、「適材適所」という言葉を知らない連中が何をわめいても、聞く気すら起こらない。


 ただ、ことサイエンスに関しては、好き嫌いこそあるかもしれないが、経験上、能力的な男女差などあるとは思えないので、数がある程度意味を持つと思う。


 と考えると、上の数字は結構興味深い。Stanford の学生全体の男女比は知らないが、大学院生の数の男女差は、単に好き嫌いに由来する物と考えても、そう不自然ではないと思う(つまり、他の部門ならこの比が逆転するかもしれない)。


 ポスドクの男女比が、院生のそれと変わらないのは、日本人から見たら驚きである。以前も書いたが、日本ではポスドクが、

「刈り残しの敗残者集団」

とか呼ばれて(-_-#、厚生労働省でもフリーターに分類されているらしいが (-_-##、それでも、職業は職業である。男女共に、研究をしようと考える学生と同じくらい、研究を職業として選ぶ院生がいることは、日本と大きく異なるところだと思う。


 にも関わらず、Faculty、つまりラボの主催者の男女比は、極端に男性寄りになってしまう。うちの Department に限らず、先日参加した retreat では、発表者(ほぼ皆 PI)23人中女性は5人。この手の会合では、男女比に気を遣うはずだが、それでもこの程度である。


 アメリカは何事においても男女平等が進んでいる、とお思いの方もいるかと思うが、ことはそう単純ではない。

                                060306
  1. 2006/11/12(日) 16:27:55|
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ジェンダー

  
 ここにもある通り、火曜日、アメリカでは中間選挙が終わった。民主党圧勝。2年後の大統領選挙には、ヒラリー・クリントンが出馬する可能性が取沙汰されている。


 でも、私はこの国で女性大統領が誕生する可能性は非常に低いと思う。今回の選挙前にも、いまだ黒人差別が話題になるような国だが、それと同様、保守的な方々が最終的に断固反対するのが女性大統領だという気がしてやまない。平等な国と思われがちなアメリカでも、実際にはしばしば根本的なところに差別が残っていることに気づかされる。


 例えば昨年、ハーバード大学の学長が「女性は生まれながらにしてサイエンスが苦手だ」と(真意はどうあれ)公言し、物議をかもした。結局彼は辞任に追い込まれた訳だが、サイエンスという実力主義(と信じたい)の世界でも、このような偏見は根強い。



 私の所属する Department of Neurobiology には、元々女性でありながら、9年前、42歳の時に性転換し、今は立派な男性、という教授がいる。彼(女)は高校生時代、数学・科学で抜群の成績だったにもかかわらず、一流大学ではなく、コミュニティカレッジへの進学を進められたそうだ。もちろん、意志の強い彼(女)はそんな意見に耳を貸さず、MIT に進学し、現在は押しも押されぬ有名教授。この手のジェンダー問題を、男性・女性の両方の立場から意見を言える貴重な存在として、nature、The Washington Post などに取り上げられている。

http://www.nature.com/nature/journal/v442/n7099/full/442133a.html
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/07/12/AR2006071201883.html




 ボス(女性)が「どう思う?」と苦笑いしながら、会議から戻ってきた。なんでも、今度規模の大きいシンポジウムを計画しているのだが、そのサブタイトルが、

“From Gene to Man”

 うちのボスは別に気にならなかったそうだが、とある女性教授が、

「“Man” より “Human” の方がいいのでは?」

という主旨の発言をしたらしい。まあ、気になる人もいるだろうし、’human’ でいいんじゃないか、という雰囲気になりかけたところ、数人のお年寄りの大御所男性教授連が、

「“Man” でないとダメ」

と駄々をこねたとのこと。


 どっちでもよければ、より問題の少ない方にすればよさそうなものだが、彼らは、こういう場合には昔から ‘Man’ を使うから、と頑として譲らず、サブタイトルは結局 ‘Man’ になった。


 なんか、いかにも日本で起こりそうなことだが(^_^)、自由の国アメリカでも、頭の固い人たちはいるもんだなあと思った次第である。





 ところで、私が働いている建物には、各階に男性用・女性用どちらかのトイレしかない。うちのラボのある階は女性用のみなので、私の場合、上の階か下の階、どちらかに行く必要がある。


 けど。


 前述の性転換した教授、見た目はどこからどう見ても「おっさん」(^o^) にもかかわらず、この人、男性用トイレにも女性用トイレにも出入りしている。彼が元女性だったことは周知の事実であるせいなのか、誰も文句は言わないようなのだが、ちょっとずるいと思うのは私だけ?

 
  1. 2006/11/11(土) 09:51:23|
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自慢

  
 御存知の通り、アメリカでは皆、家族・友人をとても大事にする。ラボのスキー旅行なんか、家族・友人・果てはそのまた友人まで連れて来たりするので、ラボメンバーは6人しかいないのに、参加者が15人を超えたりする(^_^;


 うちのラボは配偶者持ちが多いせいか、朝から晩まで、話題は家族に関することが結構多い。ボスとポスドクG(共に女性)は、娘さんの誕生日がたった2週違い。なにかというと子供自慢対決が始まる。一見たわいない2歳の子供の話に聞こえるが、周りは結構ヒヤヒヤ。だって、お互い、相手の話を全然聞いてないんだもん(-_-;


 今日は Flu shot(インフルエンザの予防接種)の話。まずはポスドクGが、無敵の娘自慢。

G:My daughter did not cry during the flu shot! I was proud of her!!

 ほぉー、すごいねぇ。

G:I thought every kid would cry, but she never ever cried. I was so proud of her!

 わかった、わかった(-_-#



 それに比べて、ボスは少し大人♪ 娘さん、お医者さんに行くまでは必死で泣かずに頑張っていたのだが、注射された途端に、痛くて泣き出してしまったらしい。

ボス:She cried and said, “I wanna go to a doctor…”

 わっはっは(^o^) それは可愛い(^o^)



 雑談も終わり、さあ、仕事に戻ろうか。


G:(自分の席に戻りながら)I couldn’t believe that. I was really proud of my daughter!

 あ”ー、もうええっちゅうねん(-_-##

 
  1. 2006/11/08(水) 12:32:51|
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病気になってはいけない

 
 アメリカの診療制度は、日本とちと違う。


 まず、Primary Doctor を決める。アメリカには、日本のような公的保険制度はないので、自分の入っている保険のネットワークの中から、主治医を選ばなければならない。


 この主治医というのが、非常に重要。なぜなら、ほぼあらゆる症状において、まず初めに主治医の診察を受ける必要があるからだ。風邪だろうが、骨折だろうが、果ては妊娠・出産に至るまで、とりあえず、主治医の意見を仰がなければならない。そこから、必要とあらば、専門医を紹介される。自分の判断で、ふらっと専門医を訪れても、相手にしてもらえない。


 さて。


 もし、風邪で熱があるとする。どうすればよいか。


1. 主治医の病院に電話する。受付の人に簡単に症状を伝える。すると、

「それでは、診察の予約を取ってください」

「一番早いのは何時ですか?」

「えーと、来月末、27日の午前10時ですね


 ・・・自然治癒を待て、と (-_-#



 事実、普通に診察予約しようとすると、こうなる。どうやら、公式には一日数人の予約しかできないらしく、健康診断のつもりでなければ、全く役に立たない。


 もちろん、すぐに診てもらうための裏技がある <・・・なんで医者に行くのに裏技が必要なのか (-_-#


2. 朝、8時頃(診療時間開始直前)に電話する。

 一ヵ月後のスケジュールは決まっているくせに、その日のスケジュールは、その日の朝にならないとわからないらしい。キャンセルがあったり、時間のかからなそうな患者がいる場合、スケジュールに組み込んでくれる。大概の場合、これでうまくいく。


 それでも断られた場合、どうするか。


3. 予約せずに直接行く。

 情に訴える訳である。運が良かったり、受付のお姉さんが親切な人な場合には、意外とうまくいくことも多い。たまたま主治医の先生と顔を合わせたりすると、さっと診てくれたりする可能性もある。が、これはちょっとギャンブルである。


 最終手段。


4. 救急に行く。

 御存知、ER である。ただし、普通に行って、

「風邪で熱があります」

などと言ったら、絶対診てもらえない。実際の症状はどうでもいい。いかに深刻な症状に見せるか。5分後には死ぬ、という演技力を発揮する必要がある。知人によれば、トマトジュースを忍ばせて、吐血してみせるのも効果的だ、と言っていた。



 病人役のオーディションは、ここでやったら良いと思う。 

                                051906
  1. 2006/11/05(日) 14:17:09|
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もったいない

 
 昨日のこと。実験用ベンチで立ち仕事をしていたポリの後ろを通りかかった大学院生Mが

“Hey, you should buy new jeans. It’s just 20 or 30 bucks.”


 見ると、お、妻に繕ってもらったお尻のところが再び破れかけている。ジーンズなんて繕ってまで履いてる奴はいない、というMが、近くにいたポスドクGと議論を始める。


G: It’s fashion, right? He wants to look young. <違います(-_-;


M: Doesn’t look young. He looks too sloppy. <あんたに言われたくない(-_-#


G: Oh, I got the idea. Your wife bought it for you, right? It’s sentimental. <安過ぎるやろ(-_-#


M: I see. <いや、納得すな(-_-;


(あたしの評価を不当に貶めるの、やめてくれる(-_-## by 妻)



 この国の人間に「もったいない」という感覚をわかってもらおうというのが無理なんだろうな。8月9日の日記にも書いたが、なにせ、使い捨て文化ここに極まれりの国である。


 実験においても、基本的に「金」「物」を無駄にしたくないポリに対して、彼らは「時間」を無駄にすることを嫌う。大学4年のときに初めて所属したラボが超がつく貧乏ラボだったせいもあるが、私は「金で解決できることは金で解決する」発想には馴染めない。「時は金なり」と思えば、これは実のところ、ある意味正論なのだが、彼らの一日を見ていると、他に節約できる時間がたっぷりあるので、あまり迎合する気になれない。


 いまだに中学の修学旅行に持って行ったスポーツバッグを使っている私は(先月のアトランタにも連れて行った)、この国ではエイリアンでも見るかのような目で見られる。



 この間、なんかお尻がすーすーするな、と思ったら、5年物のパンツの後ろが大きく裂けていた。もう脱がなくてもいいくらい(^o^) ま、他人に見える訳でもなし、と思ってほっといたが、しゃがむ度にビリッ、ビリッ。夜、風呂に入るときには、ぼろきれがぶらさがっているだけ、という状態。さすがに捨てました <当たり前だ(-_-# by 妻

 
  1. 2006/11/04(土) 10:46:32|
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通じない

 
 Lab Evening(研究発表会)終了。前日になって大幅修正したせいで、時間オーバー。相変わらず、プレゼンテーション技術は向上していない。笑いも取れなかったし(;_;)


 発表練習などで、いつになく英語を頻繁に話していると、日本人の英語の発音は、本来の発音とかけ離れている場合が多々あることに気づかされる。日本語で区別のない L と R、日本語にない th などは、まあ訓練するよりほか仕方がない。


 問題は、外来語の日本語への変換の仕方。日本人としては、カタカナで表記される外来語は、基本的に外国語の発音をきちんと反映していることを期待してしまう。そうでないなら、日本語を使えば良い訳だし。


 でも。


 例えば、トラウマ。「心理的外傷」という意味で、日本でも結構みんな普通に使っている。でも、「トラウマ」では通じない。だってローマ字読みだもん。


 アメリカ人に、

「なんで “trauma” を『トラウマ』って読むの? “because” も “auto” も『アウ』とは読まないでしょ」

と言われた。ごもっとも。



 例えば、ウルトラサウンド。妻が妊娠中、ラボで超音波検査の話をしようとしたけど、なぜか通じない。これもローマ字読み。ウルトラマンは、ほんとはアルトラマンなのである。


 もちろん、外来語が英語だけでないことはわかっている。でも、外国文化を学ぼうとしているならいざ知らず、実用性という意味では、世界中どこへ行っても、英語さえできればまず困らない。現に日本でも、賛否はともあれ、英語の早期教育が始まっている。


 英語の前に、外来語の表記をできるだけ正しい発音に沿ったものにして欲しいと思うのだが。




 さっき、アメリカ人ポスドクAが

‘I have a question for you. What is “レタス”?’

と尋ねてきた。・・・? どういう意味? 新手の心理ゲーム?


 聞けば、健康食フリークのA,婚約者と一緒に、日本人の知り合いと料理の話をしていたとのこと。大体理解できたのだが、一つだけ、「レタス」がなんなのか二人ともわからない。日本の食材だと思うのだが、一体どんなもので、どこに行けば手に入るのか知りたいらしい。


 ・・・どんなもの、って(^_^) レタスはレタスでしょ。


‘…Oh! Lettuce! Now I know what it is!!’


 いくら日本人の発音に問題があるといっても、レタスくらいは雰囲気でわかるやろ(-_-#

 
  1. 2006/11/01(水) 13:34:41|
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