日記でも時々出てくる、上の娘の日本語補習校。何が大変かって、日本の小・中学校のカリキュラムを、週一回の授業でカバーしようというのだから、その進み方は半端ではない。単純計算で、1回の授業に5回分詰め込む必要があることになる。
算数は、現地の学校でも習っているので、「日本語で解く」ことを覚えればよい。大変なのは国語。一年生といえども、一つの単元に4時間も5時間もかけている余裕はない。漢字の勉強も大変。一回の授業で新しい漢字を10個くらいずつ覚えていかなければならない。覚えた漢字をすぐに使えるように、作文の授業も多い。一年生のうちは宿題も大したことはないが、二年生の友達の話を聞いた娘は、
「ずっと一年生のままがいい〜」
と、既に泣きが入っている。
先週末は授業参観。自分で書いた作文の発表会だった。アメリカの学校ではプレゼンテーションのトレーニングが多いので、皆慣れていると思いきや、やはり日本語は勝手が違うのか、蚊の鳴くような声の子が多かった。それでも、いつの世でも、子供の発想は聞いていて楽しい。アメリカだと、これくらいの年の子でもプレゼンテーションでウケを取る技術に長けていて、それはそれでかわいげがないのだが(^_^)、日本人は天然が多くて、かわいらしい。
「ぼくは おじいちゃんとおばあちゃんが だいすきです」
ほうほう。
「だって いつでもおもちゃをかってくれるからです」
正直でよろしい(^o^) ・・・親御さんはうつむいていらっしゃいましたが。
「ぼくのにわには りすがきます」
ほうほう。
「りすのなまえは 『りす』です」
そのままやね(^_^;
「うちでは ひらひらきんぎょを かっています」
ほうほう。
「ひらひらきんぎょは ひらひらです」
ま、そうだろね(^_^;
今、娘は、国語の授業で「ずうっと、ずっと、だいすきだよ」というお話を読んでいる。家族みんなに可愛がられていた犬が、ある朝死んでしまった。「好き」と一度も口に出して言ってやらなかった家族は悲しんだけど、主人公の男の子は、毎晩一緒の部屋で寝て、「大好きだよ」と話しかけてあげていたので、少しだけ気が楽だった。今度また動物を飼うことになっても、毎日「大好きだよ」と言ってあげよう、という話。
娘にこのお話の感想を聞くと、
「犬が死んだとき、私も悲しかった」
とか言っているので、ちゃんと感情移入して読んでいるんだな、とちょっと安心。もう一つ聞いてみた。
ポリ:この男の子は、どうして少し気が楽だったんだと思う?
娘:犬が死んで、寝るスペースが増えたから。
君の発想は、私の理解を超えている(-o-)
- 2006/11/15(水) 11:11:50|
- 未分類
-
| トラックバック:0
-
| コメント:6