ちょっと怒っている。
昨日のこと。今週から始まる、とあるトレーニングコースの講師として招かれているボスに呼ばれた。
ボス:今解析中のデータ、あたしのクラスで使ってみてもいい?
私がこれまで蓄積してきた大量の行動データを基にして、新たなモデルを提唱しようとする試みに、どうやら目処がつきそうな感じなのだが、この行動データを教材として使ってみたいとのこと。
今回ボスが教えるクラスの学生はうちのラボとはちょっと分野が異なるので、同じデータを使って、果たして同じ結果が導き出されるのかどうか、興味があるとのこと。まあ、何も出てこない可能性もあるが、あわよくばこちらが思いつかないようなアイデアが得られるかもしれない。面白そうなので、データを整理して渡すことに同意した。
ボスはポスドクSにも同じリクエストをした。
ところが。
Sはデータを出し渋り、結局ボスの要請を断った。
ボス:解析中のデータだから、他人に見せることに良い気持ちがしないのなら、まあいいわ、別に。アキラはOKしたから、彼のを使うわ。
ちょっと憮然としながら、ボスが出て行った。
未発表データをオープンにすることについては、考え方が分かれるところである。それはわかる。うちのラボでも、ポスドク4人のうち、SとGは未発表データを他人に見せることを良しとしない。学会でも、既に論文になったデータ、あるいは少なくとも受理された論文の話しかしたがらない。それに対し、私とR、そしてボスは、未発表データを基にしたオープンな議論を好む。学会などで既発表データを話すのは、逆につまらないと感じる。
データを見せることで実験計画や新規アイデアを盗まれることを恐れるというのが、前者の言い分。確かにあり得ることではある。後者だってその可能性は否定しないが、そのデメリットよりも、良いフィードバックが得られるかもしれないメリットの方を重視する。
少なくとも私は、これまでデメリットの方に悩まされたことはない <盗まれるほど価値のある研究をしていないんだろと思ったあなた、あとで職員室まで来るように(-_-#
損得勘定だけではなく、前者の発想には画家や作家が未完成のものを他人に見せないという感覚と共通するものがあるのかもしれない。私自身、自分の考え方が100%正しいとは思っていない。だからこそ、苛々しているのだろう。
研究者として生き残るにはどっちが得か、というと、実際問題前者なのかもしれないのがまた癪に障る。もっといえば、昨日のやりとりで、単にボスの便利屋として使われているのかと思わされたことにも、釈然としないものがある。
そして、今日。
S:昨日話してた、ボスに渡すデータ、あたしにもちょうだい。
なんか、凄いムカつくんですけど(-_-##
- 2008/08/06(水) 04:44:03|
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