年のせいか、最近ほんとに涙もろくなった。
テレビ番組や映画は、まあ、わざと泣かせるストーリーに作り上げられているんだから、仕方ないといえば仕方ないのだが、「救命病棟24時」(<古い)なんか結構やばかった。
長女の学校のオープンスクールで、卒業生の6年間の成長の跡を綴ったスライド上映を見ながら泣けてきた時は、我ながらあきれた。他人の子供だっつうの(-_-)
子供の虐待を始めとした昨今の日本のニュースなんか、最後まで読めないようなものも多い。プールの排水溝に吸い込まれた女の子の救出作業で、足が見えているのに助けてあげられない救出チームの人達の心情。酔払い運転に追突され、海に転落した車から必死で救出しようとした3人の子供が目の前で亡くなっていった御夫婦。
男が泣くなんてみっともないことはわかっているのに、いつからこんな風になったのか。つらつら考えてみると、うん。きっとあのときからだ。
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8年前の夏。妻は妊娠38週。まだ予定日までは間があった。
夜中の1時少し前のことだった。なぜかまだリビングで起きていた私の耳に、寝室から妻の声が聞こえてきた。おなかが痛いというので、陣痛には少し早いと思いつつ、間隔を測る。
おかしい。本やお父さん学級で教わった間隔と明らかに違う。波が早過ぎる。
慌ててかかりつけの産院に電話すると、すぐに連れて来いとのこと。その頃には痛みで歩くことも困難になっていた妻を抱きかかえて、徒歩7分ほどの産院まで歩き始めたが、重かったので(^^; たまたま通りかかったタクシーを拾って、産院の玄関に着いた途端、出血。
主治医の先生の診断は、常位胎盤早期剥離。緊急事態ということで、救急車を呼び、一番近くの大学病院まで運ばれた。
緊急帝王切開の準備の間、
「母体最優先でいきます。赤ちゃんについては保証できません」
と説明を受け、同意書にサインした。痛みでうんうんうなっていた妻までサインさせられた(いや、必要なことはもちろんわかっているのだが)。
手術室に入ったのは午前3時頃。大した意味はないと思いつつ、「祈りながら歩き続けなければならない」と勝手に決めて、手術室の前を行ったり来たりすること2時間。出てきた看護婦さんが、
「4時54分に生まれました。二人とも無事ですよ」
と言われたときは、ただただ安堵した。
麻酔から覚めたチューブだらけの妻を病室に見舞った後、NICU に運ばれた娘に会いに行った。彼女もまたチューブだらけでカプセルに入っていたが、想像していたサルのような赤ちゃんではなく、目も既にパッチリ開いて、わりと人間らしい(^^)顔だったことに、また安堵した。
翌日、とりあえず当時所属していた研究室に報告に行き、すぐまた病院に向かった。研究室から病院までは東武東上線で8駅。ただ、両方とも駅からかなり歩く必要があるし、自宅から研究室までは自転車で通っていたこともあって、試しに病院まで自転車で行ってみることにした。研究室から病院まではおよそ10km。ママチャリだったが、40分くらいで着いたと思う。
病院で担当の先生に詳しい話を聞いた。胎盤の3分の2が剥離していたこと。取り出した後、娘が2分間自発呼吸しなかったこと。あと30分遅かったら、母子共に危なかったこと。
NICU でカプセルの中の娘にさわらせてもらった。うん、元気そう。病室に戻ると、相変わらずチューブだらけの妻が、点滴のせいでぱんぱんにむくんだ足を見せてくれた。
帰り道。泣いた。川越街道を自転車で走りながら、ほんとに大声で泣いた。ありがたくて、ありがたくて。頑張った妻と頑張った娘のことを思って。助けてくださった主治医の先生や執刀医の先生、家族を守ってくれている天国の祖母に感謝して。あと、なんにもできない自分が情けなくて。
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あんなに泣いたのは、ある程度の年になってからは初めてだったと思う。あれからだな。涙腺ユルユルになったのは。
数日後、病室で
私:この間チャリで来たとき、・・・
と、妻にその話をしようと思ったら、
妻:チャリで来た? この暑いのに、莫迦じゃないの? そんなことしてるから来るのが遅いんじゃん#
突っ込むところ、そこですか。あーそうですか(-_-)
- 2007/04/21(土) 04:52:34|
- 若気の至り ―蘇る黒歴史の数々
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こっちまでウルッとしそうになりますた。
しかし、するってえと、ポリさん家とわが家はある意味複数の共通点がありますw
「時期」が非常に近い
その場所、も非常に近い(地理的に)
K越街道、いやあ懐かしい。
- 2007/04/21(土) 17:26:31 |
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- t-mac #-
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血も涙もないように見られがちなわたくし、実は大変涙腺が弱い。
この記事はやばいです。うるうるです。
最後の奥様の発言に感服致しました。女性の生命力の強さって素晴らしい。
ちなみにわたくしは男の人の涙にとっても弱いのでこれからもどんどん泣いてください。
- 2007/04/22(日) 01:07:16 |
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- makaronov #-
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t-mac さん、
え? R○KEN(伏字の意味なし)にいらしたことあるんですか? しかも、お子さん同い年?
今度、遊びましょう (^o^)
- 2007/04/22(日) 13:48:07 |
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- ポリ #1SZp3NgM
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makaronov さん、
>血も涙もないように見られがちなわたくし
わっはっは (^o^) ・・・どんな人なんですか?
>これからもどんどん泣いてください
イヤです。泣くのはほんとは嫌いです (-_-)
- 2007/04/22(日) 13:51:27 |
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- ポリ #1SZp3NgM
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人前では絶対に涙を見せない私。
と思っていたら、「絶対に」という言葉を外さなければならない日があった。
人前では、「めったに」である。
でも、この手の話には弱い。
涙腺が緩くなって涙が出かかったところで、突っ込みがオチになって笑ってしまう。
いやはや・・・。
- 2007/04/24(火) 00:23:10 |
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- せいたか #pamUQ3n2
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いぇいぇポリさん、RI○ENなんてとんでもない。門のところで守衛さんに追い払われてしまいます(笑)。同じ東上線沿線に生息しており、勤め先もそこからほど近いところだったのですよ。なので遊んで差し上げられませんw
冗談ですが、意外なところに意外なことが起きているもんですね。今でこそ、バカ息子だのアホたれだのののしっていますが(笑)、何を隠そう、子供は諦めた日々もあったのですよ。あーあれは何だったのだろう(遠い目)
- 2007/04/24(火) 12:53:38 |
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- t-mac #-
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せいたかさん、
私も、人前で涙を見せるのは男としてかっこ悪いと思っているので、「泣かない・泣かせない」を合言葉に、ブログを書いております (^o^) 最後はやっぱり笑った方が良いですしね♪
以前いただいたコメントのリンクはどういう訳かつながらなかったので、もうお会いできないかと思っておりました。美しいブログですね。思わず過去ログを辿ってしまいました。
- 2007/04/24(火) 14:02:36 |
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- ポリ #1SZp3NgM
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t-mac さん、
たかが30年40年の人生ですが、振り返ると分岐点がたくさんありますよね。
私はこれまですべて正しい道を選んできた、というポリシーを持っています。「あのとき失敗したよな」と一瞬思っても、すぐに「いや、そこで別の道を選んでいたら、もっと悪くなっていたに違いない」と思い直します。
これを続けていると、反省しない人間が出来上がります (^_^;
- 2007/04/24(火) 14:14:44 |
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- ポリ #1SZp3NgM
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